電気自動車の急速充電設備は、先を急ぐドライバーが継ぎ足し充電をするためのものですが、ここで長居するドライバーが米国中で見られます。この節度を欠いた行為を防ぐために、全国で営業する充電ステーションの会社は、混雑する店を対象に充電率85%で、次の人に譲るという厳格な規則を設けました。
使徒パウロは「相手を自分より優れた者と考え」(フィリ2:3)なさいとキリスト者に教えました。つまり、フィリピ教会をむしばんでいる問題はエゴだと述べたのです。彼らは純粋な動機ではなく、「利己心や虚栄心」(3節)から互いを比べ、己の優秀さが認知されることを願いました。ですからパウロは、キリストの心を持ち、「他人のことにも注意を払」(4節)うようにと諭したのです。それは自己卑下や自己否定という不健全な姿勢を指すのではありません。「キリスト・イエスにもみられる」(5節)考え方で、他人の必要に配慮することを意味しています。パウロは自分勝手な態度を捨てて人に譲りなさいとフィリピの人たちを教えました。では、どんな動機で譲るのでしょう。それは愛です。
日々キリストを見習おうと努めるなら(6-11節)、神は、私たちがイエスの目で他の人を見られるように助けてくださいます。そして、人に譲ることをいとわない人に成長させてくださいます。
自分の欲や好みではなく他者の必要を優先させるにはどうすればよいのでしょう。神の目で他者を見るとはどういう意味でしょう。