作者

すべて見る
Marvin Williams

Marvin Williams

マービン・ウィリアムス氏は、2007年に「デイリーブレッド」の寄稿者として加わりました。ウィリアムス氏は、ミシガン州ランシングにあるトリニティ教会の主任教育担当牧師です。妻トニアとの間に3人の子どもがあります。

寄稿一覧 Marvin Williams

初心者ガイド

母の急死がきっかけで、2016年にブログを始めました。人々が自分の人生に意味を見いだして励まされるようなことをしたかったのです。そこでまず、初心者ガイドを手に入れ、ブログの基本的なことを学びました。

愛の偉大な行為

オレゴン州のマルール国有林に、890ヘクタールに渡って生息するナラタケは、世界で最も大きな生命体です。2000年以上に渡って糸状体を広げ、木々の命を奪いつつ成長しました。この巨大生物も、最初はひとつの微細な胞子でした。

神のおしえ

銀行の手違いで1,300万円相当が口座に振り込まれたとき、その夫婦は、生活費の支払いだけでなく、SUV車やキャンピングカーなどを買いました。間違いに気付いた銀行に返金を迫られても、既に何も残っておらず、結局、窃盗罪で訴えられました。夫は裁判所で取材した記者に、相談した相手が悪かったと語りました。悪いアドバイスに従えば人生を台無しにすると学んだのです。

元どおり甘く

美しく豊かな意味がロシアの結婚式の習慣に盛り込まれています。例えば、披露宴の新郎新婦を祝した乾杯のときです。司会者が乾杯の音頭を取ると、参列者はグラスに少しだけ口をつけます。そして一斉に「苦い、苦い!」と叫ぶのです。この叫びが発せられると、新郎新婦は立ち上がってキスをします。飲み物を元どおり甘くするためにです。

主は離さない

フリオが自転車でマンハッタンとニュージャージー州を結ぶジョージ・ワシントン橋を渡っていると、ハドソン川に飛び込もうと欄干に立っている人がいました。彼は警察を呼んでも間に合わないと判断し、自転車を飛び降り、駆け出しました。両手を広げ、「ダメだ!君は愛されているんだ」と叫びながら。そして、男性を捕まえると、暴れる彼を通行人と一緒に救出しました。フリオは安全な場所に下りても、その人を離さなかったそうです。

驚くほど特別

ロンドン動物園によると人は特別ではないそうです。彼らは2005年「自然環境におけるヒト」という展示を4日間行いました。展示される「ヒト」がインターネットの公募で選ばれ、餌、生息地、脅威などについての掲示板が作られました。動物園の広報担当者は、ヒトが特別だという意識を軽減させることが、この展示の目的だと語りました。展示された「ヒト」のひとりは、その趣旨に賛同し 「動物としてヒトを見てもらうなら、私たちは、そんなに特別ではないと認識してもらえるで しょう」と語りました。

間違いを正す

聖書のみことば:Ⅰサムエル記2:12、27-36

なぜ、あなたがたはわたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうち最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。―Ⅰサムエル記2:29

自らが母親でもあるカウンセラーのローリ・ゴットリーブは、子どもの幸せに執着する親は結果として子どもを不幸にしてしまうことがあると言いました。このような親は子どもを過保護にして、社会に出る準備をさせず、子どもの間違いに目をつぶり、厳しくしつけることをしません。

サムエル記第一では、大祭司のエリが息子たちの罪に目をつぶったことが分かります。息子たちが幼い頃、エリがどのような父親であったかは分かりません。しかし、成人した息子たちが神の宮の祭司としてふさわしくない行動をしたとき、彼は、きちんと対処することを怠りました。息子たちは自己中心的で、欲深く、反抗的であり、神のみことばや人々の必要よりも、自分のやりたいことを優先させました。エリははじめ、彼らを戒めましたが無視されました。エリは彼らを祭司職から解くべきでした。しかしそうはせず、現実から目をそらし、彼らの成すがままにしておきました。息子たちの罪のため、また、エリが神よりも息子たちを選んだ罪のために(Ⅰサム2:29)、神はエリの一族を裁くと告げられました(2:34、4:17-18)。

クリスチャンの親には、愛情をもってわが子をしっかりとしつけるという、恐れ多い責任が与えられています(箴言13:24、29:17、ヘブ12:9-11)。子どもたちに神の知恵を教えるならば、私たちは祝福されます。それは、子どもたちが神を畏れ、責任感のある大人に成長するように助けるという祝福です。

自分をすべて神に明け渡すことで、自分が神に造られた目的を生きることができる。子どもたちを叱らないことは、彼らを愛さないことだ。

間違いを正す

聖書のみことば:Ⅰサムエル記2:12、27-36

なぜ、あなたがたはわたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうち最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。―Ⅰサムエル記2:29

自らが母親でもあるカウンセラーのローリ・ゴットリーブは、子どもの幸せに執着する親は結果として子どもを不幸にしてしまうことがあると言いました。このような親は子どもを過保護にして、社会に出る準備をさせず、子どもの間違いに目をつぶり、厳しくしつけることをしません。

サムエル記第一では、大祭司のエリが息子たちの罪に目をつぶったことが分かります。息子たちが幼い頃、エリがどのような父親であったかは分かりません。しかし、成人した息子たちが神の宮の祭司としてふさわしくない行動をしたとき、彼は、きちんと対処することを怠りました。息子たちは自己中心的で、欲深く、反抗的であり、神のみことばや人々の必要よりも、自分のやりたいことを優先させました。エリははじめ、彼らを戒めましたが無視されました。エリは彼らを祭司職から解くべきでした。しかしそうはせず、現実から目をそらし、彼らの成すがままにしておきました。息子たちの罪のため、また、エリが神よりも息子たちを選んだ罪のために(Ⅰサム2:29)、神はエリの一族を裁くと告げられました(2:34、4:17-18)。

クリスチャンの親には、愛情をもってわが子をしっかりとしつけるという、恐れ多い責任が与えられています(箴言13:24、29:17、ヘブ12:9-11)。子どもたちに神の知恵を教えるならば、私たちは祝福されます。それは、子どもたちが神を畏れ、責任感のある大人に成長するように助けるという祝福です。—Marvin Williams

自分をすべて神に明け渡すことで、自分が神に造られた目的を生きることができる。子どもたちを叱らないことは、彼らを愛さないことだ。

前の文章:共通の話題次の文章:ヘマンの正直さ「生きて働かれる神:マレーシア初の女性議長誕生秘話」に戻る

厄介払いの良き日

年の初めに一風変わったイベントをする人たちがいます。「厄介払いの良き日」と呼ばれ、2006年に始まりました。それは、ある南米の伝統に由来します。各人が、旧年中の悪い出来事や嫌だったこと、恥かしい思い出などを紙に書き、その紙を業務用シュレッダーにかけます。または大槌で打ち叩く人もいます。