赤点は取らずに済んだ、と息子の答案を見てジェスは思いました。残業も増えた今、仕事と家事を両立させた上に、息子の勉強を見る時間はありません。彼は落ち込んで、亡き妻に話しかけました。「どうしよう。君のようにうまくやれない」
スケールの違いはあれ、ジェスの失望感は、旧約聖書のゼルバベルと似ているかもしれません。ユダの統治者ゼルバベルは、神に神殿を再建せよと命じられ、捕囚の一部の人々と帰郷してその基礎を据えました。すると「昔の神殿を見たことのある多く……は……大声をあげて泣き」ました(エズ3:12)。ソロモン王の壮大な神殿がほうふつさせられ、今度の神殿は、あまりに見劣りすると思ったのです。
しかし、神は言われました。「今こそ、ゼルバベルよ、勇気を出せ……国の民は皆、勇気を出せ……わたしはお前たちと共にいる……わたしの霊はお前たちの中にとどまっている。恐れてはならない」(ハガ2:4-5)。ゼルバベルは、神が結んでくださった契約、神の霊の臨在、その導きに勇気をもらいました。神は「この新しい神殿の栄光は昔の神殿にまさる」と言われました(9節)。なぜなら、救い主イエスが、その宮に来られるのですから(ヨハ2:13-25)。
神に召された仕事に関して、以前はもっとうまくできたのにと落胆することがあるかもしれません。しかし、今この時の神のご計画に集中しましょう。その目的も成果物も、神のものです。私たちのためではありません。
神からどんな仕事を命じられましたか。どうやって主を中心にその仕事を遂行しますか。