ユダヤ教のラビで家族療法士のエドウィン・フリードマンは、1985年の著書『世代から世代へ』の中で、「不安のない存在」という概念を説明しました。その理論は、後に出版された『神経の不全』の中で明確に述べられています。「現代の米国は、慢性的に不安に陥っている。感情的に後ろ向きの社会は、明確に定義されたリーダーシップにとって有害だ」。フリードマンは、慢性的な不安が組織、すなわち、家庭、職場、信仰者の共同体にまん延するように、リーダーの非不安的な在り方もまた、組織に広がることに注目しました。それは嵐の中の安心の要となります。
詩編4編は、ダビデが人生の嵐の最中で書いた詩です。彼は不安に駆られて、神に叫びます。「苦難から解き放ってください 憐(あわ)れんで、祈りを聞いてください」(2節)。彼は、己の命の危険におびえながら、「恵みを示す者があろうかと、多くの人は問います。主よ」(7節)と語るように、部下たちの恐怖にも気付いています。ここでダビデは、神を信頼すると決意しました。
この決意は、恐ろしい場所に「不安のない存在」を作りました。ダビデは語ります。「平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに わたしをここに住まわせてくださる」(9節)と。
神が提供される「不安のない存在」の中で私たちは休みます。また、どこに行くときも、神の平和を携えて行きます。
今、何かに不安ですか。不安に左右されず、冷静に導くとは、どのような姿のことですか。