コロナ感染症の大流行を受けて、感染予防の観点から世界中の学校が一斉休校しました。校舎や校庭は空っぽになりました。教師たちは、この現状に苦悩しながらも、生徒を思う気持ちと、この困難を共に乗り越えていける方法を模索しました。そして、米国の多くの学校は、「光となる」と題して誰もいない校庭に明かりをともし、これは「挑戦」だとして、SNSを通じて他校にも呼びかけました。
イエスは地上での生涯を通して、独自の「光となる」という挑戦を呼びかけられました。イエスを信じる人たちに「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」と勧められたのです(マタ5:16)。イエスの命令には、励ましや支え以上の目的があります。この命令に従い、自らの心にともされたイエスの光を示すという信仰者の意志は、周りの人たちに、神というお方を示します。私たちの生き方や普段の言動は、イエスに頂いた私たちの希望を明らかにします。それは、世間の人にとって、燭台(しょくだい)の上の明かりのように顕著です。
イエスは、私たちを「世の光となる」ように召し、あなたを通して輝くイエスの光で、人々の行く暗い道を照らしなさい、と発奮するよう促されました。イエスが下さる希望を知らない人たちのために、自分の生き方を通して、イエスの光を示しましょう。そうして、希望の源である神を、皆に指し示しましょう。
あなたは、どんな人にイエスの光を見ますか。どうすれば、誰かにイエスの光を投じることができますか。