サラはぼんやりしていて、ダイヤの婚約指輪を落としたことに気付きませんでした。それは、道行く人のカンパで暮らす路上生活者ビリー・レイのカップの中に落ちていました。ビリーは指輪を査定してもらいました。そして、売ることも考えましたが、結局、サラに返却しました。良心に恥じないためです。サラと夫は、ビリーを助けるための基金を設け、多くの寄付が集まりました。彼は、金銭面や法律面の助言を受け、やがて家を購入し、長い間疎遠だった家族とも和解しました。

倫理的な行動を取るとき、私たちは、神を喜ばせ、感化される人も生まれます。ソロモン王は「うそをつく唇を主はいとわれる。忠実を尽くす人を主は喜び迎えられる」(箴12:22)と教えました。「主はいとわれる」と強い言葉を使ったのです。キリスト者が、心に裏切りがあるとき(20節)、それは神を裏切ること、神の品性に反することです。一方、神の民が「真実を語る唇」(19節)を持ち、倫理に基づく行動をすると、神は喜ばれます。人に対する善良な行為は、単なる正直以上です。それは、神の品性を反映します。欺瞞(ぎまん)的な態度や行動の方が得な世の中だったとしても、私たちの倫理性を、主は「喜び迎えられる」(22節)のです。

神に助けていただいて、良心に恥じない行いを選ぶようにコミットしましょう。たとえ周りの人は無関心でも、神の道を歩むなら、神は喜んでくださいます。