ナンシーは、がんの治療の副作用で、ひどい口内炎や咽頭炎に悩まされ、柔らかい物さえ食べられません。空腹を牛乳でしのぎ、つらい日々を送りました。そんな60歳の彼女が笑顔になるのは、イエスを知る喜び、そして孫たちの訪問でした。週に一度、孫たちと過ごすことで、不調のことばかりを考えずに済みました。「孫たちがいなければ、あきらめていたでしょう」と語ります。

使徒パウロも困難の中にあって、イエスとイエスを信じる人たちに喜びを感じていました。彼の喜びは、イエス、またイエスのために生きることでした。獄中にいても(フィリ1:13)、信徒たちを励ます力を失いませんでした。彼は、イエスの福音を同労者と協力して伝えること、また、天国で待つものを知っていること、に喜びがあると語りました(3-5、18、20節)。それが、彼の確信だったので、「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです」(21節)と述べたのです。

イエスが自分の人生そのものだったので、パウロは喜ぶことができました。彼の充足感と安心感は、目下の状況や自分の財産からではなく、キリストに属しているという確信から来ていました。ですから、最悪な状況のもとでも、「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい」(フィリ4:4)と言うことができたのです。

イエスを喜びましょう。あなたを愛し、気に掛け、どんな状況でも喜ぶ力を下さるお方なのですから。