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御顔を求めて

毎年、秋になると、オレゴン州西部のハイウェイ18を走る旅人を、丘の上から巨大な笑顔が温かく迎えてくれます。秋に黄金色に染まるカラマツが、背景と目と口の部分の緑とコントラストを作り、ニコニコ顔が現れます。それを見るとうれしくなります。この直径約90mの顔は、植樹による人工のデザインです。土地を所有する木材会社が、2011年に行った、伐採後の森林を再生する取り組みの一つです。

イエスにある喜び

おぼろげに分かっても完全には把握できない。そういうものに恋焦がれたことがありますか。C.S.ルイスにとって、それは喜びでした。「今は切り離されていると感じられる宇宙の何物かと、再び一つになりたい。常に外側から眺めてきたあの扉の内側に入りたい。そんな願いは……人の姿を如実に示す指標のようだ。遂に、内側に召し入れられると……古傷の痛みは癒やされるだろう……全人として、その喜びの泉から喜びを飲むようになるのだ」と述べています。

神にすべてをささげて

シンガポールには徴兵制度があるので、私も皆と同じように18歳になると入隊しました。正直なところ、嫌々でした。2年半の任務の間、他の青年たちと同様、私は罰せられない最低限のことをしました。例えば、指示に従わなかったと言われないようにする、です。一方、与えられた任務に全力でまい進し、経験から多くを学んで、その結果、指導力と忍耐力を身に付けた仲間もいました。今、振り返ると、そのような頑張りや前向きな姿勢の方が、神に喜んでいただけたに違いないと思います。例えば、旧約聖書のヨセフのように。

生と死

米国大統領は就任後、儀式への参列や条例や条約の署名と同時に、自らの葬式計画の立案もします。いずれ行われる葬儀に政府機関が備えておくためにです。自分の葬儀を計画するのは奇妙だったかと尋ねられ、ブッシュ元大統領(父)は、慣れるものだと答えました。彼らの政治的な功績は歴史家が書き伝えますが、大統領自身は、自分の葬儀の個人的および伝統的な部分――どのように記憶されたいか、どんな儀式を望むか――を計画できるのです。

立て直し、高める

パリの有名なノートルダム大聖堂で、2019年4月、火災が発生し、尖塔と「森」と呼ばれるナラ材の大屋根が焼失しました。すぐに修復計画が始動しました。世界中から寄付が寄せられ、職人たちは、以前と同じ建材、また同じ建築方法で、大聖堂の修復に取り組みました。

涙と希望

イエスのエルサレム入城を祝う棕櫚(しゅろ)の日曜日は、メアリー・エドワーにとって、耐え難い悲しみの日となりました。礼拝後に夫婦で手をつないで歩いていたところ、爆弾が爆発し、夫は死亡、自身は負傷、そして流産したのです。

イエスへのささげもの

英国の19世紀の詩人クリスティーナ・ロセッティの作品に、『よき蘇り』という詩があります。「私は目を上げる しかし、悲しみで曇り、永遠の丘は見えない」。彼女は「心が石のようで希望も恐怖も感じられない」ときの不安も打ち明けます。しかし、絶望に勝る希望、新しい命を与えるキリストの復活を思い、祈りました。「芽生えも緑も見えない それでも 必ずよみがえる 春の活力よ イエスよ、私の内に 立ち上がってください」

憂いを超えて

カナダのシンガーソングライター、ゴードン・ライトフットは「エドモンド・フィッツジェラルド号の難破」や「心に秘めた想い」という不朽の名作で知られていますが、それほど有名でない曲の一つに「暁の吟遊詩人」があります。吟遊詩人とは楽器を奏でて自作の詩を歌い各地を巡る旅芸人です。「暁の吟遊詩人」も私たち同様、憂いではなく幸せを願っています。憂いや悩みはなくなりません。しかし、彼は、新しい朝が明けると、くよくよせず幸せを見つめるという選択をして、そのことを歌にします。

神を待つこと

ジョセフは求人情報を見ながら焦っていました。彼は高級取りのウェイターでしたが、レストラン業界は週末勤務が常態で、最近イエスを信じたのに、教会の日曜礼拝に参加できません。なぜ自分の祈りは答えられないのだろう、神は自分が教会に行くことを望んでおられないのだろうか、と嘆きました。しかし、1年が経ち、求職条件を見直そうと思い至ると、別の業界の平日勤務の仕事に就けました。