作者

すべて見る
Amy Boucher Pye

Amy Boucher Pye

エミー・ブシャー・パイ氏は、北ロンドン在住のライターで講演活動もしています。著作にはThe Living Cross: Exploring God’s Gift of Forgiveness and New Lifeがあります。また、Finding Myself in Britain: Our Search of Faith, Home and True Identityで賞を取りました。英国のWoman Alive Book Clubを運営し、牧師館で家族と暮らしています。ブログ(英語)をwww.amyboucherpye.comまたはFacebookかTwitterの (@amyboucherpye)で読むことができます。

寄稿一覧 Amy Boucher Pye

あわれみを示す

エリック・フィッツジェラルド牧師は言いました。「悲劇が起こり深く傷ついたとき、あわれみを示すことと恨みを晴らすことと、どちらか一方を選べます。私はあわれみを示すことを選びました。」彼の妻は、帰宅途中に疲れて居眠り運転をしていた消防士が起こした事故で亡くなりました。検察官に実刑を望むかと尋ねられ、牧師は、自分が説いてきた赦しを実践することを選びました。そして驚いたことに、ふたりはやがて友人になりました。

クリスマスの来訪者

スマトラ島のムントク抑留所内の病院で1944年、捕虜仲間が準備したクリスマス礼拝を心待ちにしていた捕虜がいました。同じく捕虜だったウイリアム・マクドゥガルが、もうすぐ音楽が始まると言うと「良かった。それを天使の歌声と比べよう」と瀕死の男は言いました。彼は何十年も前に信仰を捨てましたが、死を前にして罪を告白し、平安を手にしていました。険しい表情が柔らかくなり、驚くほどの変化でした。

天からの贈り物

こんな昔話があります。ニコラスという人が、貧しい父親について耳にしました。3人の娘たちに十分食べさせることも、婚礼の準備もできません。そこで、秘密裏に助けようと、金の入った袋を窓から投げ入れました。するとそれは、靴や靴下を乾かしていた暖炉の床に落ちました。その人は聖ニコラス(紀元270年生まれ)と呼ばれます。後のサンタクロースのモデルです。

嵐の避け所

英国サマセットの崖道で雷と豪雨に見舞われた若い牧師がいました。1763年のことです。彼はほら穴に逃げ込み、チェダー渓谷を眺めながら、神を避け所として平安を見いだせる恵みを思い巡らしました。そして「千歳の岩よ、わが身を囲め」という印象的な言葉で始まる讃美歌を書きました(讃美歌260番)。

ただの仕事場?

イングランド北部のランカシャー地方に来て、羊が点在するなだらかな緑の丘を眺めていました。わた雲が澄んだ空を流れていきます。私は感動して深呼吸しました。ところが、宿舎の従業員は言いました。「お客さんたちにそう指摘されるまで、何とも思っていませんでした。これは普通の景色、ただの仕事場だったのです」と言いました。

ぶどうの木に

エマは長い間、家族の介護をしています。暗い冬の後、春が来て、ケンブリッジの自宅近くの桜の木の下を通るたびに励まされました。ピンク色の花の上に白いつぼみがほころんでいました。ある庭師が、白い花の木を接ぎ木したのです。その珍しい木を通り過ぎたとき、エマはイエスのぶどうの木のみことばを思い出しました(ヨハ15:1-8)。

人生を変える

スティーブンはロンドン西部の治安の悪い地域で育ち、10歳になる頃には犯罪者でした。周りが麻薬売買や盗み、詐欺をしていると、自分も染まってしまう。そんなものだ、と言います。しかし、20歳の時、夢を見ました。「お前は殺人で刑務所に入る」という神の声を聞いたのです。リアルな夢に警告され、彼は神を求めました。そして、イエスを救い主と信じ、聖霊によって変えられました。

神のための苦労

ウィリアム・ケアリー(1761-1834)の村の人たちは、彼が宣教の父と呼ばれるようになるとは思ってもみなかったでしょう。織工の息子に生まれ、しがない靴職人として暮らしながら、ギリシャ語、ヘブル語、ラテン語を独学していました。長年の苦闘の末、宣教師になりインドに赴く夢を実現させましたが、我が子の死や妻が精神を病むなど、苦汁をなめました。長い間、宣教の成果もありませんでした。

平安の見つけ方

友だちとランチをしていて平安について問われました。私は戸惑って質問の理由をきくと、「日曜の礼拝で足をもぞもぞさせていたから、イライラしているのかなと思って。神を愛する人に与えられる平安について考えたことはある?」と言われました。