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Amy Boucher Pye

Amy Boucher Pye

エミー・ブシャー・パイ氏は、北ロンドン在住のライターで講演活動もしています。著作にはThe Living Cross: Exploring God’s Gift of Forgiveness and New Lifeがあります。また、Finding Myself in Britain: Our Search of Faith, Home and True Identityで賞を取りました。英国のWoman Alive Book Clubを運営し、牧師館で家族と暮らしています。ブログ(英語)をwww.amyboucherpye.comまたはFacebookかTwitterの (@amyboucherpye)で読むことができます。

寄稿一覧 Amy Boucher Pye

イエスの品性

イギリス軍の軍曹スコットは、アフガニスタンの過酷な戦闘によって心身を病みました。当時、自分は闇の中にいたと語ります。しかし、イエスと出会い、このお方に従い出すと彼は劇的に変わりました。今では、主の愛を皆に、特に「インヴィクタス・ゲーム」で競い合う人々に分かち合おうとしています。「インヴィクタス・ゲーム」とは、負傷や退役をした元兵士たちが競う国際スポーツイベントです。

捜索救難活動

知り合い数人は、悪天候の予報が外れることを願って、プレジャーボートで英仏海峡に向かいました。しかし、強風と高波で危険を感じ、無線で王立救命艇協会(通称RNLI)に救助を求めました。不安な時間の後、遠くに救助船が見えると、もう大丈夫だと思い安堵(あんど)しました。後に、その一人が感謝しながらこう言っています。「人が海のルールを守るか否かにかかわらず、RNLIは救助にやって来てくれる」と。

粘り強い信仰

ジョニー・エレクソン・タダが、友人のリカについて語るとき、彼女の「時の試練を経た深い信仰」や慢性疾患による衰弱と闘う中で培われた忍耐力を強調します。彼女は15年以上も寝たきりで、部屋には小さな高窓しかなく月を見ることさえできませんが、希望を失っていません。神を信頼し、聖書に親しみ、「失望との苛烈な闘いに負けない術を知っている」と言います。

イエスに仕える

エリザベス・フライは、19世紀初頭、ロンドンの女性刑務所の環境に衝撃を受けました。受刑者とその子どもたちは、すし詰め状態で冷たい石の床に寝具もなく横たわり、水道の蛇口からはジン(酒類)が出ていました。彼女は、衣服を与え、学校を始め、聖書を教え、何年もかけて改革しました。しかし、最大の影響力は、その深い愛情と希望のメッセージだったそうです。

謙虚なヨルン

小作人のヨルンは、弱視で健康に問題もあり、大したことはできないと思われていました。しかし、彼はノルウェーの故郷の村人に献身的で、痛みで眠れない夜はいつも、彼らのために祈りました。村の家を一軒ずつ思い浮かべ、村人の名前を一人一人挙げて、面識のない子どもたちのためにさえ祈りました。村人は彼の優しい心根を愛し、知恵や助言を求めました。仮に、具体的な助けが得られなくてもヨルンの愛を感じ、祝福された気分で帰っていきました。ヨルンは身寄りがありませんでしたが、亡くなった時、葬儀には過去になく大勢が参列しました。また、彼の祈りは花開き、想像以上の実りをもたらしました。

神を知らせる

キャサリンの聖書翻訳の仕事を支えているのは、彼女の神と人に対する愛です。母語で聖書を読むことで、インドの女性たちは、より深く真理を理解することができます。それが、彼女の喜びです。彼女たちは、聖書に書いてあることが分かると、声を上げ手をパチパチとたたいて喜びます。イエスについて読むと「まぁ、素晴らしい!」と言います。

開かれた目

ジョイは、アルコール依存症とうつと闘っている親戚のサンディが心配でした。彼女のアパートを訪ねると、ドアは施錠されていて留守のようです。皆で探しに行こうと出発する時、ジョイは祈りました。「神よ、見えてないものを見る目を下さい」。アパートを出て振り返るとカーテンのかすかな揺れに気付きました。その瞬間、彼女は事態を察知したのです。警察や消防の助けを借りましたが、ジョイは祈りが答えられたことを喜びました。

開かれた目

ジェナビーブはアフリカ西部のベニン共和国に住む母親で、先天白内障を患う3人の子どもがいます。村に子どもたちを連れて行くときは、赤ん坊を背負い、2人の子の手を両手にしっかりつかみ、危険を見逃さないように目を光らせます。盲目は魔術のせいだと考える文化の中で途方に暮れ、神に助けを求めていました。

主は今日よみがえられた!

チャールズ・シメオンは、英国ケンブリッジ大学に通う前、大好きな馬や服に多額の金を使っていました。しかし、大学で必須の聖餐(せいさん)式にあずかるうちに信仰について考え始めました。そして数々の信仰書を読んだ後、1779年4月4日のイースターの早朝、劇的に回心しました。目覚めると「イエス・キリストは今日よみがえられた! ハレルヤ! ハレルヤ!」と叫んだのです。そして聖書の学び、祈り、礼拝に打ち込むようになりました。