遠方で会議に出席中、「お伝えしたいことがございます」と会場係からメモを手渡されました。何ごとかと一瞬ドキッとしましたが、甥っ子が誕生したとのメッセージ。大喜びしました。

私たちはさまざまなメッセージを受け取ります。預言者を通して旧約聖書に記された神のメッセージには、希望の宣告もありますが、裁きの宣告もあります。しかし、よく読むと、裁きの宣告でさえ、神のみことばは、悔い改め、癒やし、回復に導こうとしているのだと分かります。

神はマラキ書3章で、ご自身のために道を整える人を遣わすと約束されます。その使者のメッセージには、ニつの側面があります。まず、「契約の使者」(マラ3:1)。これは、主イエスが神の約束を成就されることを指します。バプテスマのヨハネは、神が遣わされる究極のお方イエスの到来を告げました(マタ3:11参照)。次に、「精錬する者の火、布をさらす者の灰汁(あく)」(マラ3:2)。みことばを信じる者を主が清められると伝えます。神が御民を清めるためにみことばを送られたのは、彼らを愛し、心身ともに健全であることを願われるからです。

神のメッセージの根底には、愛と希望と自由があります。使者として遣わされた御子イエスは、私たちのことを分かってくださいます。懲らしめられても、必ず希望があります。神のメッセージを信頼しましょう。