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Amy Boucher Pye

Amy Boucher Pye

エミー・ブシャー・パイ氏は、北ロンドン在住のライターで講演活動もしています。著作にはThe Living Cross: Exploring God’s Gift of Forgiveness and New Lifeがあります。また、Finding Myself in Britain: Our Search of Faith, Home and True Identityで賞を取りました。英国のWoman Alive Book Clubを運営し、牧師館で家族と暮らしています。ブログ(英語)をwww.amyboucherpye.comまたはFacebookかTwitterの (@amyboucherpye)で読むことができます。

寄稿一覧 Amy Boucher Pye

みもと近くに

娘を学校に送った後、20分ほどの道のりを歩いて帰ります。この時間を使って聖書のみことばを暗記することができます。もちろん、やる気が必要ですが…。このときに繰り返し心の中で唱えたみことばが、その日の後になって、ふと思い浮かぶことがよくあります。そうすると安心感に包まれたり、知恵が与えられたりします。

鎖を壊して

ザンジバル島のストーン・タウンにあるクライスト・チャーチ大聖堂を見学し感動しました。この地はかつて東アフリカ最大の奴隷市場でしたが、その地に大聖堂が建てられました。建築家は、この作品を通して、福音が奴隷の鎖を打ち壊したことを示そうとしています。ここはもはや、残虐非道な行いの地ではなく、神のあわれみが映し出される地になりました。

急がない

ふたりの友人から「急ぐことを断固として生活から排除する」という哲学者ダラス・ウィラード博士の名言を立て続けに言われました。耳を傾けるべき忠告です。自分ひとり空回りして時間やエネルギーを無駄にしたり、神に導きと助けを祈るのもそこそこに動き出したり…。私は数カ月の間、そういう傾向を見つけては、この言葉を思い出し、主と主の知恵に常に向き合おうとしました。自分のやり方にこだわらずに神に頼りなさいと、何度も自分に言い聞かせました。

王の冠

家族でテーブルを囲んで座り、発泡スチロールの輪にひとりずつ爪楊枝を差しました。イースターの前の数週間、我が家では夕食の時に、こうして「いばらの冠」を作っていきました。一本一本の爪楊枝は、その日、自分がやってしまった過ち、そして、その報いをイエスが身代わりになって受けてくださったことを表しています。この行為を毎晩つづけることで、私たち家族は、自分がいかに罪深く、どれほど救い主を必要としているかを覚えることができました。

たらいの愛

昔、教室の後ろの壁の色を振り返らずに答えなさいと言った先生がいました。しかし、生徒は誰も答えられません。そんなことを気にしていなかったからです。自分の周りのことをすべて認知するのは不可能です。それで、私たちは見落としたり、見逃したりします。ずっとそばにあるのに、気付かないこともあります。

恐怖から解放される

身体は恐怖に反応します。胃が痛んだり、もたれたり、動悸や息苦しさなどは、不安の現れです。私たちの身体は不安を無視できない仕組みになっています。

押さえつける言葉

ある日、大学の哲学の授業で、ひとりの学生が教授の見解に対し怒った口調で意見を述べました。すると教授は、彼の発言に感謝して、次の人の意見に移りました。授業の後、学生たちは驚いて、なぜ反論しなかったのかと教授に尋ねました。すると彼は「私はね、相手を押さえつけるようなことを言わないように自分を律しているのだよ」と答えました。

祈りの力

イスラエルの賢い指導者サムエルが、困難に見舞われた民のためにとりなしの祈りをささげる場面を聖書で読んで、身近な人のことを心配していた私は励まされました。大好きなあの人のために頑張って祈ろうと堅く決心しました。

ともにいる神

マタイの福音書でキリスト降誕の記述を読んでいると、15世紀のケルト人、聖パトリックの賛美歌が心に浮かびました。「キリストは私とともに、キリストは私の前に、私の中に、私の下に、上に、右に、左に…。」それは暖かな抱擁のようで、私は決してひとりではないと再認識しました。