寄稿者

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Arthur Jackson

Arthur Jackson

アーサー・ジャクソン師はシカゴ地域で28年間、教会の牧師として奉仕した後、2016年秋、夫婦で故郷のカンザスシティーに戻りました。「デイリーブレッド」の寄稿者として奉仕するかたわら、牧師の健全性に寄与する団体であるPastorServeの地域ディレクター、また教会開拓の働きNeopolis Networkのディレクターとしても奉仕しています。

寄稿一覧 Arthur Jackson

悔い改めの報い

グレイディはちまたで「くず」と呼ばれ、車のナンバープレートにもそう記していました。そして中年の賭博師、詐欺師、不倫男にふさわしいあだ名だと自負していたのです。破産してお先真っ暗、神から遠く離れていました。しかしある晩、神の御霊にお前は罪人だと迫られたのです。彼は墓場まで持っていくつもりだった己の罪を告白し、イエスに赦しを乞いました。彼は妻に「俺は救われたと思うよ」と語りました。かつては40歳まで生きないだろうと思われていた人が、イエスを信じ、神に仕えて30年経ちました。ナンバープレートの装飾も「悔い改めよ」に変えました。

大水から救い出す

天気予報の3倍以上の大雨が、2021年8月、テネシー州のウェイバリーで降り、数百件の家屋が倒壊し、20名の犠牲者が出ました。熟練のヘリコプターパイロット、ジョエル・ボイヤースの思いやりと高い技術が無かったなら、さらに多くの人命が失われていたでしょう。

分裂しない家

イリノイ州選出の共和党の上院議員候補だったアブラハム・リンカーンは1858年6月16日に有名な「分かれたる家」という演説をしました。それはアメリカの奴隷制度にまつわる派閥間の抗争に光を当てたもので、彼の支援者の間にも、また反対者の間にも波紋を広げました。リンカーンは、マタイ12章25節の「分裂した家」という誰もが知っている比喩を用いることが重要だと考えました。なぜなら、人々は目を覚まし、深刻な危機が迫っていることに気付かなければならないと思ったからです。

ただ求める

妻が「終わった!」と嬉しそうに声を上げました。大きな仕事の原稿が仕上がったのです。進め方が分からなくて不安だったときは、神の助けを祈り求めました。SNSを通して祈りの援護を求めたこともありました。

心を知るお方

前の客が会計を終えたので、そのセルフレジに行って会計を始めました。するといきなり怒られました。私はその人がレジに並んでいたことに気付かなかったのです。自分のミスですから、即座に謝りました。ところが彼女は、わざとやったと私をののしったのです。

暗い日々、深い祈り

人気芸能人が「暗い日々だった」とコロナ禍の中の自分を語りました。「新しい生活様式」に適応できず、不安の中で自殺願望が芽生えたと言います。負の連鎖に陥らなかったのは、信頼できる友人に悩みを打ち明けらけれたからだと語ります。

サイモン家の思い出

ケニアのニャフルルで満天の星のもと、サイモンの家を訪ねて夕食を共にしたのは大切な思い出です。土の床とランタンの灯りは、一家の貧しさを表していました。何を食べたかは覚えていません。しかし、私たちが彼の家の客人になったことをサイモンがどれほど喜んでくれたかは生涯忘れないでしょう。彼の物惜しみしない手厚いもてなしはイエスの姿を映していました。たましいに触れられ、心が洗われる体験でした。

ちりにすぎないと感じる

週1回の伝道部会の会合で、ウォレンが「ちりみたいだ」と言ったとき、加齢や、それに伴う不調を語っているのだと思いました。ウォレン夫妻は60代後半で、昨年は手術や病院通いが続きました。また、介護に備えて家を改装することなどの変化もありました。人生の盛りは過ぎたと感じていたのです。

安全な場所

ダグ・マーキーの人生は、より糸が少しずつ切れていくようでした。「長い闘病の末、母ががんで亡くなりました。長年の恋人と別れ、貯金も底をつき、仕事の将来性も見えません。霊的にも精神的にもどん底だった」と書いています。牧師であり彫刻家でもあるマーキーのこの状況と小さな屋根裏部屋という住環境が、彼の「隠れ場」という作品を生み出しました。釘の痕が残るキリストの力強い両手のひらが椀のように合わさって、そこが安全な場所だと物語ります。