見えない80パーセント
地球上のすべての生命体の80パーセントは、海に生息しているという話を聞いて驚きました。ほとんどの生き物は、私たちの目が届かない場所で生きているというのです。しかし、それならば、神の創造は私たちが見て楽しみ、感謝している以上に素晴らしいものだということになります。私たちは雄大な山脈、大海に沈む夕日など、壮大な美しさに感激し、神の創造をたたえます。一方で、神の創造がいかに繊細かについては見落としがちです。なぜなら、それを知るには、緻密な研究と調査が必要だからです。海に隠されているという大多数の被造物だけでなく、私たちの目には小さすぎて見えない被造物もあります。顕微鏡なら見える小さいものから、まだ発見されていない宇宙まで、すべてが私たちの創造主の御業です。すべてのくすしい御業は、人の目に見えるものも見えないものも、創造主であられる神の栄光を現しています(ロマ1:20)。
みんなの意見
雑誌「ニューヨーカー」の金融ジャーナリスト、ジェームズ・スロウィッキーの著書「みんなの意見は案外正しい」という本は、ネット上で次のように紹介されていました。「問題の解決、イノベーションの育成、賢明な決断、さらには将来の予見などに関しても、大多数の意見が少数のエリートの考えよりも正しい。どれほど秀才のエリートであってもそうだという信じがたい考え方が、本当なのかどうかをスロウィッキーは検証している。」
祝福されすぎ
マイカー通勤の時間が長いので、さまざまなバンパーステッカーを読む機会あります。無愛想なのもあれば、才気あるものもあります。不愉快なものもあります。しかし最近、自分の生きる姿勢について、そっと諭してくれるようなバンパーステッカーに出会いました。そこにはただ「祝福されすぎて文句が言えない」と書かれていたのです。
私たちが話すこと
アメリカには、「偉大な心の持ち主は考えを語り合い、標準的な心の持ち主はイベントや出来事を語り合い、小さい心の持ち主は人について語り合う」という格言があります。もちろん、尊敬しているのでその人のことを話す、ということはあります。しかし、この格言は私たちのイヤな面を指しています。既存のメディアやソーシャルメディアは絶え間なく情報を流していますが、その中には妥当なラインを超えた他人の個人情報が含まれていて、いや応なくそれを目にすることさえあります。
自尊心との戦い
古代ローマの将軍が戦争に勝って帰還すると、戦勝パレードが行われました。その行列には軍の兵士たちと一緒に、勝利のしるしとして連れ帰った捕虜や戦利品も加えられました。そして、パレードが町中を通ると、群衆は英雄の成功に喝采をおくりました。
飛行 シミュレータ
飛行機のパイロットは、飛行シミュレータで膨大な時間をかけて訓練をします。飛行シミュレータは訓練生に、飛行機を操縦する際に起こるかもしれない問題や危険を擬似体験させてくれます。訓練生は、地上から飛び立つことはありません。たとえ墜落したとしてもかすり傷ひとつなく、その場を立ち去ることができます。
安全ベルト
私ならば絶対にしないことに、最近トライした同僚がいます。バンジー・ジャンプです。その同僚の話は、興味深くも恐ろしくもありましたが、ゴムロープ一本で吊るされ、何十メートルもの高さから真っ逆さまに飛び降りるなど、どう考えても楽しいとは思えません。それはさておき、同僚の話によると、ジャンパーはゴムロープだけではなく、ふたつ一組の頑丈な装着帯をつけていて、それが命綱なのだそうです。確かな設計と過酷なテストをクリアした安全ベルトをつけることによって、彼は安心して谷に向かって飛び降りることができたのです。
前線で率いる
スティーブン・アンブローズの著書『バンド・オブ・ブラザーズ‐男たちの深い絆‐』は、米国陸軍E中隊を追ったノンフィクションです。ジョージア州での軍事訓練から1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦、そして、欧州戦勝の日までの軌道が記されています。この期間の大半、E中隊を率いたのはリチャード・ウインターズでした。ウインターズは、自分が先頭に立って部隊を率いる優れた指揮官でした。戦場のウインターズがよく言った言葉は、「俺について来い!」です。他の指揮官なら、自分は安全な場所にいて、部下たちが戦ったかもしれません。しかし、E中隊の場合、先頭にいるのは指揮官のウインターズでした。
「別に…」
子どもたちが中高生だった頃、教会のユースグループに参加させていました。ユースグループのあった日、「どうだった?」と尋ねると、彼らは「別に…」とそっけなく答えます。これが何週間も続いたので、私は自分の目で確かめることにしました。いつも迎えに行く体育館に早目に行って彼らの様子をこっそり伺ってみると、息子たちは、みんなと一緒に話を聞いたり、意見を言ったり、笑ったりして楽しそうでした。そこで、帰宅途中にまた尋ねました。「今夜はどうだった?」しかし息子たちは、また「別に…」と答えました。私は言いました。「父さんは見ていたよ。君たちは楽しそうにしていたじゃないか。」すると彼らは、「まぁ、いつもよりはましだったかもしれないね」と言ったのです。