イゾベルの信仰
イゾベルは、親の信仰には関わりたくありませんでした。大学では自らを不可知論者と称し、神なしで生きることを望んでいました。しかし、失恋で落ち込み、負のスパイラルに陥りました。命を絶ちたいとまで思ったのです。その絶望の淵で、両親の信仰を思いました。そして、葛藤の末、ついにイエスの救いを受け入れました。
思いやりと祈り
診察台に座った女性は、いつになく緊張していました。何かに悩んでいることが、はっきりと見て取れました。歯科医が尋ねると、それは家族の問題でした。医者は彼女の話を聞くと「お祈りをさせてもらってもいいですか」と尋ねました。歯科衛生士が部屋に入ってくると、彼女も祈りました。1回の治療と2つの祈り。その女性は、自分は大切にされたと感じつつ、クリニックを後にしました。
神と共に歩む
妻が通うスポーツクラブでは、体育館のトラックは時計回りに歩くと決まっています。しかし、この前の火曜日、妻たちが歩いていると、別の人が来て逆方向に歩き始めました。彼女の友人たちがそれに加わり、さらにもう1人も加わりました。たちまちトラック上は混乱し、しばらく秩序が回復しませんでした。
迫害の逆説的意義
たった10節で不思議な急展開です。ステファノは残忍に殺され (使7:59-60)、他の信者たちは、福音を語りながら離散していきました。しかし、この叙述の後、「町の人々は大変喜んだ」(8:8)という驚きの文面が現れます。これが迫害の逆説的意義です。
二人三脚
ジャマイカのダンズ・リバー・フォールズを登るのは爽快な体験です。滝の水は滑らかな岩肌の上を落ちて、やがてカリブ海に注ぎます。ハイカーは、水の流れに逆らって頂上を目指すので楽ではありません。ジェイにはほぼ不可能な挑戦でした。彼は10代の視覚障害者で、視野は針の穴ほどです。しかし、ジェイは絶対に登ると言い、友人のヨシヤは、 ジェイの目になると言いました。そして、手足を置く位置を教えたり、滑りやすい岩を避けるように示したりしました。一方、ジェイはヨシヤの心となり、勇気とはいかなるものかを示しました。
イエスを恥じない
あるアフリカ人がイエスを信じた故に殺されました。名前は分かっていませんが、殉教前に手記を残しました。20世紀前半に書かれ、今では「恥じない者たちの交わり」と呼ばれています。
隣人を愛する
夏の嵐で隣から木の枝が飛んできて家の外壁が破損しました。庭には折れた枝や木の葉が散乱しています。一日の大半を庭の掃除に費やしながら、「うちには木なんかないのになぁ」と笑って乗り越えようとしました。本当です。1メートルに満たない松が3本あるだけで大木はありません。近隣の家の庭木のせいで後始末に追われているのです。
救い主が下さる宝
マイケル・スパークスはリサイクルショップで、米国独立宣言の複製品を2ドル48セント(400円以下)で購入しました。しかし、この羊皮紙の宣言書に不可解な点を見つけて専門家に鑑定してもらいました。すると、これが1820年に第6代米国大統領のジョン・クィンシー・アダムズが発注した200部のうち現存する36部の一つだと判明したのです。スパークスはそれを7千万円以上で売却しました。こんな宝を数百円ほどで入手したことに驚かされますが、私は子どもの頃、値段の付けられない、比類なき永遠の宝を一文も払わずに手にしました。
眠れない?
最近、家庭の問題を考えてしまって、よく眠れないと友人が言いました。私はその日、教会で詩編3編を教えることになっていました。詩編3編を読むと、作者ダビデには安眠を脅かす家庭不和があったと分かります。息子アブサロムが彼の統治を弱体化させ、王権を奪おうと画策していました。