寄稿者

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David C. McCasland

David C. McCasland

デービッド・マッカスランド氏は、1995年から「デイリーブレッド」の著者に加わりました。Discovery House Publishersから著書が出版されています。マッカスランド氏は、妻ルアンとともにコロラド州に住んでいます。二人には、4人の娘と6人の孫があります。

寄稿一覧 David C. McCasland

つづく…

少年だった1950年代、土曜日の午後によく地元の映画館に行きました。そこで上映されていた冒険シリーズはいつも、主人公が絶体絶命の状況に直面したところで終わります。逃げ道がないところに来ると、毎回「つづく」となって終わるのです。

つまらない作業の目的

大英博物館に、小さな金属の玉を転がして時を刻む時計があります。この玉は、傾いた鉄製の板に削られた溝を進み、反対側にあるレバーに当たります。すると、傾斜が逆になって玉を戻しますが、そのとき、時計の針を先に進めます。この金属の玉は、毎年、4千キロメートルを移動しますが、ゴールはありません。同じところで、同じことを繰り返します。これを見て、はっとしました。無目的に同じことを繰り返す行為が生気を奪っていくと、すごくよく分かったのです。

包囲網の中でも

ボスニア紛争(1992-1996)のとき、周囲の丘から雨のように降り注ぐ銃弾と迫撃砲によって、サラエボ市内で兵士や民間人が1万人以上殺されました。スティーヴン・ギャロウエイの小説「サラエボのチェリスト」は、現代の戦争で最も長期間、包囲された首都サラエボを舞台に物語が展開します。3人の登場人物は、この極限の逆境の中で、何とかして自分だけが生き残ろうとするか、あるいは、正気でいられないような状況を克服して他者のことを思いやるか、という決断をしなければならなくなっていきます。

イエスの肖像

ロバート・ヘンクスは、『著名なアメリカ女性の肖像画』の中で、「肖像画は写真でも、鏡に映した姿でもない」と書いています。肖像画は外見を写し取るだけでなく、その人の魂の奥底をあぶり出します。本物の肖像画家は、「その人の本質」をとらえようとします。

あら探しをやめる

新聞や雑誌を読むと、文法や綴りのミスに気づきます。ミスを探しているわけではないのに、それらが目に飛び込んで来るのです。私の通常の反応は、「どうしてスペルチェック機能を使わないのだろうか。校正者はいないのだろうか」と、筆者や出版社に非難の目を向けることです。

主とともに歩む

友人から「主とともに歩んだ私の86年間の物語」と題した小冊子をもらいました。そこには、アル・アッケンヘイルの90年近くになる信仰の歩みが記されていて、鍵となった人々や出来事が書かれていました。その時点では平凡な選択、例えば、聖句の暗唱、仲間と祈り会をする、近所の人にイエスのことを伝えるなどが人生のターニングポイントとなり、彼の生き方を方向づけました。神の御手がアルを導き、信仰が成長していった物語を読んで感動しました。

損失をのり越えて

作家ウィリアム・ジンサーは、大好きだった自分が育った家を見に行った時のことを書いています。妻といっしょに、マンハセット湾とロングアイランド水道を見渡せる丘に登って目にしたのは、残った大きな穴だけでした。その家は取り壊されていたのです。彼らはがっくり肩を落として、近くの防潮堤まで歩きました。ジンサーは湾岸の景色を見つめ、あたりの音に耳を澄ましました。そして、その経験を次のように記しています。「ほんの少しの悲しみだけで、心は平安でした。風景は昔のまま。今でも夢に見るぐらい私の心に深く刻まれた、その独特な陸地と海の輪郭は、少しも失われていませんでした。」

戦地からの手紙

アンドリュー・キャロルは、戦時中に戦地から家族や友人へ宛てられた手紙を捨てないようにと、20年以上もの間呼びかけています。キャロル氏は、カリフォルニア州チャップマン大学のアメリカ戦中信書センターの責任者で、手紙は、家族のかけがえのない絆を深めたり、互いを理解する扉を開いたりすると考えています。キャロル氏によると、若い世代がこれらの手紙を読んで深い興味を示し、「戦地に赴いた人が耐え忍び、犠牲にしたものが何かがやっと分かった」と語っているといいます。

助けてほしくない人

水難事故の救助を学んだとき、助けさせてくれない人をどうやって助けるか、という方法を学びました。インストラクターは言いました。「溺れている人の後ろから近づき、その人の腕と胸の間にあなたの片腕を通して、安全な場所を目指して泳いでください。前方から近づくと、つかまれて、ふたりとも沈んでしまうかもしれません。」パニックと恐怖心は思考力を麻痺させ、賢明な行動を取れないようにさせます。