休み、待つこと
ある日の昼下がり、イエスはヤコブの井戸の脇に座って長旅の疲れをいやしておられました。弟子たちはスカルの町にパンを買いに出かけています。そこに町の女が水を汲みに来て、イエスと出会いました。そして走って町に戻り、いっしょに来て、私のしたこと全部を私に言った人を見てくださいと、人々に言って回ったのです(ヨハ4:29)。
水平線の嵐
息子のジョシュは、アラスカ州のコディアックでサーモンをとるプロの漁師です。以前、狭い水路を行く小さな船の写真を撮って送ってくれました。水平線には嵐を呼ぶ不吉な雲が湧いています。しかし虹が、その小さな船を囲むように、水路の端から端に架かっていました。
元気を出しましょう!
野生の小鳥が好きなので、庭で餌づけを試みたことがありました。最初の数ヶ月はうまくいっていたのですが、やがてタカがここを狩猟地にしてしまいました。
神のときを待つ
南アフリカの牧師アンドリュー・マーレーは、イングランドに滞在していた1895年、持病の腰痛が再発して苦しみ、静養していました。あるとき、滞在先の女主人が、大きな問題を抱えた女性が助言を求めていると告げました。マーレーは言いました。「これを渡してください。自分を励ますために書いたものですが、彼女のためになるかもしれません。」そこには、以下のように書かれていました。
山からの眺め
私たちはアイダホ州の渓谷の町に住んでいますが、ここは冬にはかなり冷えます。雲が低く垂れ込め、地面まで霧におおわれるので、上空の暖かい空気がさえぎられて入ってきません。しかし、この寒さから脱出する方法があります。近くに、標高2,300メートルのシェーファー・ビュート山の、山肌を周りながら登っていく道があるからです。車でたった数分行くだけで、濃い霧の世界を抜けて、光り輝く太陽を浴びることができます。眼下には雲海が広がります。新しい視点で谷を見るのです。
あなたには価値がある
義母が亡くなった後、アパートの整理をしていると、タンスの引き出しの中からアメリカ先住民の図柄がついた古い1セント玉が出てきました。彼女はコインの収集家ではありませんが、昔、自分が使っていた硬貨を残しておいたのでしょう。何枚かは非常に良い状態でしたが、さびて変色し、刻印が見えない物もありました。しかし、1セントと記されていることは分かりました。今は1セントでは何も買えませんが、当時は新聞を買うことができました。また、収集家にしてみれば、状態が万全でなくても十分な価値があります。
闇の中で手を伸ばす
わが家の愛犬はこの13年間、毎晩、私たちのベッドの下で丸くなって寝ています。
ガラスの浜
カリフォルニア州フォートブラッグに20世紀初頭に住んでいた人たちは、家庭から出たゴミを近くの崖から海に投げ捨てていました。おかげで砂浜には、生ゴミ、空き缶や空き瓶などの不用品が、汚らしく積もっていました。そして、このゴミためは大きくなりすぎて対処のしようもなく、ゴミの投棄がなくなってからも町の恥でした。
沈黙の音
釣り仲間が「深い川は静かに流れる」ということわざを巧みに逆転させて、「浅い川は、大きな音を立てて流れる」と言いました。つまり、あれこれ騒ぎ立てる人ほど、中身が無いと言いたかったのです。裏返して言うなら、私たちは聞くことをおろそかにしている、ということになります。「サウンド・オブ・サイレンス」という歌の中に、傾聴しない人たちが登場します。言葉が聞こえていても、まず自分の考えを脇において、相手の話に耳を傾けることができません。黙して静まることを学ぶのは、誰にとっても良いことです。