それは何の変哲もないポケットナイフで、古くて変色し、劣化もしています。刃は欠け、持ち手もぐらつきますが、父の宝物でした。私の手に渡るまでは、箱に入れて実家の戸棚に大事にしまってあった祖父の遺品です。私の父は、若い頃に自分の父親と死別しました。父親が大好きだったので、思い出の品を大切にしたのです。
神も私たちの想像を越えた意外な宝物をお持ちのようです。ヨハネの黙示録によると、天には玉座があり「四つの生き物」と「二十四人の長老」が、その周りで、イエスにひれ伏して礼拝します(4-5章)。各々が「香のいっぱい入った金の鉢」を手に持っていました。「この香は聖なる者たちの祈り」です(5:8)。
古代、香は王が使う高価なものでした(マタイによる福音書2章11節で黄金と乳香と没薬がイエスにささげられました)。時に、自分の祈りは大したものではないと思うかもしれません。しかし、神は御前に祈りが常にささげられることをお望みです。
ヨハネの黙示録5章は、イエスは、罪なき人生と十字架の愛の死のゆえに、特別なお方だと強調します。この特別さは、私たちの祈りが神にとって大切な理由を指し示します。つまり、神にとって私たちが大切だから、私たちの祈りが大切なのです。神は無償の慈しみで私たちを愛しておられるので、私たちが祈りによってみそばにいることを望まれるのです。
今日、神を祈りで愛しますか。御前で祈る愛の祈りに携えてくる人や思いは何ですか。