神の呼びかけ
ある朝、私の娘は息子をあやそうと、少しだけ携帯電話を持たせました。するとすぐさま私の携帯が鳴り、受話器の向こうに孫の声が聞こえました。どうやら偶然、私の電話番号の短縮ボタンを押したようです。孫は生後11か月ですが、私の声が分かったようです。私は彼に大好きだよと話しかけ、私たちは「おしゃべり」をしました。それは忘れがたい思い出です。
砕かれたものの美しさ
日本の伝統工芸の金継ぎは、麦漆で破片を繋いだ後に金粉を塗り、斬新な柄を作ります。傷を隠すのではなく、壊れたものから美を作り出すのです。
脱出の道
カリフォルニア州のサンタバーバラに、サルシプエデスという名前の通りがありますが、その意味は「入らないように」です。その名の由来は、当時、その地域は冠水する沼地に接していたために、スペイン系の都市計画技師が土地にニックネームをつけて、近づいてはいけないと警告したのです。
暗闇で賛美
ミッキーは失明しつつありましたが「神を賛美しつづけるつもりだよ。だって、私のために大きなことをしてくださったのだから」と言いました。
いつも耳を傾けて
父は寡黙な人でした。若い時の長い兵役で耳を痛め、補聴器をつけていました。ある日の午後、私たちのお喋りが過ぎると思ったようです。それで「安らぎと静けさが欲しい時は、こうすれば十分だ」と冗談まじりに言うと、補聴器のスイッチを切ってしまいました。そして、両手を頭の後ろで組んで静かに目を閉じました。その様子を見て、私たちは大笑いしました。
ベストフレンド
私は12歳のとき、家族といっしょに砂漠の小さな町に引っ越しました。体育の授業の後は喉がからからになるので、クラスの皆は水飲み場に駆け出します。けれども私はきゃしゃで童顔だったので、水飲み場の列から押し出されることがありました。ところがある日、大柄で力の強い友だちのホゼが「おい、バンクスの番だろう」と言って、身体を張って守ってくれました。それ以後、水飲み場の問題は解消されました。
愛情と古い靴
結婚して30年以上が経ち、お互いの考え方や言おうとしていることが分かるようになりました。妻が何かを言い始めて私が引き継いだり、その反対だったりします。最後まで言わなくても、ほんの一言や、視線だけで分かり合える場合もあります。
イエスに寄りかかる
夜に頭を枕に沈めて祈るとき、イエスに寄りかかっていると想像することがあります。そのときは、弟子のヨハネについてのみことばを思い出します。ヨハネ自身が、最後の晩餐の場面を 「弟子のひとりで、イエスが愛しておられた者が、イエスの右側で席に着いていた」と記していますが(ヨハ13:23)、この「イエスが愛しておられた者」とは自分のことです。
思い起こす
息子は7年間薬物依存と戦い、私たち夫婦はその間、辛い日々を強いられました。息子の回復を祈りつつ待っている間、私たちは、小さい勝利を祝うことを学びました。24時間、悪いことがなければ、「今日は良い日だった」と言い合ったものです。私たちはこの短い言葉で、些細なことでも神に感謝しようと、自らに言い聞かせていました。