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James Banks

James Banks

ジェームス・バンクス博士は、ノースカロライナ州ダラムのピースチャーチという教会の牧師です。彼と妻には、ふたりの成人した子どもがいます。著書に、「The Lost Art of Praying Together」「 Praying the Prayers of the Bible」「 Prayers for Prodigals」「Prayers for Your Children」があります。

寄稿一覧 James Banks

祈りと成長

友人のデイビッドは、妻が若年性認知症になり、介護のために早期退職を余儀なくされました。時とともに妻の病状は進み、ますます生活が大変になりました。デイビッドは当初、神に対して腹を立てたと言います。「でも、祈れば祈るほど自分の姿を示された。結婚生活ですごく自分本位だったと気づいたんだ」と涙ながらに告白しました。彼は「妻の介護をして10年になるけれど、神は、物事を別の角度から見られるようにしてくださった。愛を込めた世話はすべて、妻とイエスにしていることだ。妻の介護は、私の人生に与えられた最大の特権だ」と語りました。

深い愛

エドウィン・スタントンは当初、リンカーンを冷遇しました。それは彼を「手の長い生き物」と呼ぶほどでしたが、リンカーンは、スタントンの能力を評価して無礼を赦し、南北戦争の時には重要な閣僚に任命しました。やがてスタントンはリンカーンを友と慕うようになりました。フォード劇場で狙撃された夜は、そばに付き添い死に際して「彼は今、時のかなたに行ってしまった」と涙を流しました。

希望の確かな基礎

信仰の教訓を思いがけない場所で得ることがあります。台所の隅に愛犬ベアが水を飲む器があります。ベアは体重50キロの黒いラブラドール・レトリバーですが、その器が空のときでも、吠えたり、いじったりしません。横に伏してじっと待っています。たまには少々長く待たなければなりませんが、やがて私が台所に来て彼を見つけ、彼の必要を満たすことを理解し、信頼することを学びました。私を単純に信じる彼の姿は、神をもっと信頼すべきことを再確認させてくれました。

すべてが新しい

私は車いじりが好きなので、よく近所の解体屋に出かけます。そこは、過去の自慢のなごりの間を風が音を立てて吹き抜けていくような、わびしい場所です。ねじ曲がったり、用済みになったりした数々の車の間を歩いて、ふと一台に目が留まると、現役時代にはどんな冒険をしたのだろうと思いを馳せたりします。一台一台が過去への入り口であり、語るべき物語があります。逃れられない時の流れと最新モデルに憧れる人々についてです。

時は主のもの

少し前、片道3時間ほどのところに住む息子の家のリフォームを手伝っていました。予定の日数が過ぎ、毎朝、今日こそ終わるように祈りました。しかし、仕事が残ってしまいます。不思議に思い、何か理由があるかも…と気づいた翌日、それが分かりました。夕方、電話が鳴り、知らない人が「娘さんが事故でけがをしました。すぐに来てください」と固い声で言うのです。娘は息子の近くに住んでいたので、14分で着きました。救急車を追走して病院に行き、手術室に入る娘を慰めました。彼女の手を握りながら、もしリフォームが終わっていたら、自宅は遠方なので、すぐに駆けつけられなかっただろうと気づきました。

運転手は誰?

友人のティムはモーリス・センダックの絵本「かいじゅうたちのいるところ」に登場する怪獣のフィギュア(人形)を車に飾っています。この前、彼の乱暴な運転を目にして、「あれは怪獣の運転かい」と尋ねました。次の日曜日、私は礼拝メッセージを記したノートを忘れて、慌てて家に引き返しましたが、途中でティムと擦れ違いました。そして後から「あれは怪獣の運転かい」とからかわれました。私たちは笑いましたが、彼の質問は的を射ています。私は法定速度を守るべきでした。

私の願いではなく

カミルとジョエルの娘、8歳のリマは、稀なタイプの白血病だと診断され、やがて髄膜炎と脳卒中を併発して意識不明になりました。医療チームによると、助かる可能性は1パーセント以下で、覚悟するように勧められました。

まず神を信頼しなさい

水を怖がる子どもに泳ぎを教えようと、父は私をプールの中央の足が届かない所に連れて行きました。「パパ、離さないでね!」と言うと、父は「離さないよ。約束する」と言いました。そこでは父の支えだけが頼りです。そして、力を抜いて水に浮くことを学びました。

愛の遺産

曾祖母の聖書から紙切れが落ちました。そこには子どもの字で「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだから。悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから」(マタ5:3-4)と書かれ、母の名が記されていました。曾祖母は、聖書のみことばが孫たちの心に刻まれるようにと、よくそれを筆記させていたそうです。