寄稿者

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James Banks

James Banks

ジェームス・バンクス博士は、ノースカロライナ州ダラムのピースチャーチという教会の牧師です。彼と妻には、ふたりの成人した子どもがいます。著書に、「The Lost Art of Praying Together」「 Praying the Prayers of the Bible」「 Prayers for Prodigals」「Prayers for Your Children」があります。

寄稿一覧 James Banks

神の庭

去年の春、妻が夜顔を植えました。この花はムーンフラワーとも呼ばれます。夜に咲く大輪の白い花が満月に似ているからです。寿命は一夜限りで、明るい朝日の光でしぼんでしまい、人生の美しさと短さをほうふつとさせます。しかし、夜顔は1本の花茎に多くの花を付けます。出かけるたびに、今日、帰宅したら、どんな美しさで出迎えてくれるだろうと楽しみです。

希望を持って

戦線の父の消息が途絶えた時、7歳の妹は母に言いました。「パパは帰ってくるわ。だって花を贈ってくれたもの」。父が出発前に手配していた妹の誕生日の花束が届いたのですが、妹は正しかったのです。父は悲惨な戦闘をくぐり抜けて生還しました。彼女は数十年経った今も、希望を持つことを忘れないように、その花束を生けた花瓶を大切にしています。

陰口

州知事の飼い犬ペップが猫をかみ殺したと新聞が報じましたが、実はうそで、ペップは知事邸のソファーをかみちぎる行儀の悪い犬というだけでした。

どんな時も賛美しよう

私たち教会員が最初の会堂を建てた時、内装工事前のコンクリートの柱や床に、神に感謝する「落書き」をしました。壁板を剥がすと「あなたは良いお方!」というような賛美と共に、いくつもの聖書のみことばが見つかるでしょう。その「落書き」を消さずに残したのは、いろいろ大変だったけれど、神は私たちに良くしてくださったことを、次の世代の人たちに証しするためです。

兄弟サウロ

交換留学生になった時、私は「あの国以外に遣わしてください」と祈りました。行く先は未定でしたが、行きたくない国ははっきりしていました。その国の言葉はできず、国民性や習慣に関しても偏見を持っていました。

神の御前に静まる

人間が初めて写真に写ったのは1838年のことです。それは、昼下がりの閑散としたパリの大通りに立つ1人の人で、撮影したのは写真家のルイ・ダゲールです。それは不思議な光景でした。なぜなら、その時間帯には、街は馬車や徒歩の人々で溢れていたはずだからです。実際、撮影場所のタンプル大通りは、いつもと変わらず、人や馬車で賑わっていました。しかし、それらは写真に写っていません。というのも、当時のダゲレオタイプという技法の露光時間は7分でした。その間、静止しているものだけが被写体になります。歩道にじっと立って靴を磨いてもらっていた男性だけが、ダゲールの写真に写り込んだのです。

神に耳を傾ける

自宅と大学の間は退屈な砂漠でした。真っ直ぐな道が延々と続くので、気付かずにスピードが出過ぎてしまうことがありました。最初は、交通警察から警告され、2度目は違反切符を切られました。そして、全く同じ場所で、再度の切符を切られたのです。

ヒヒ、ろば、私

ジャックは有能な信号手でした。南アフリカのヴィテンヘイズ駅で、汽笛で進路を知らせる汽車に対応し、9年間の勤務で分岐器の操作を誤ったことはありません。ジャックは、駅員のジェイムズ・ワイドに飼われていたチャクマヒヒでした。ワイドは線路に落下し、汽車にひかれて、両足を失いました。彼はジャックを訓練して家事や仕事を手伝わせました。するとやがて、進入する列車が発する信号に応じて分岐器の正しいレバーを引くことを覚えたのです。

恵みを維持するお方

昔、ボストンで巨大な糖蜜の貯蔵タンクが爆発しました。1919年1月15日、約870万リットルの糖蜜が、高さ約5メートルの波となって時速50キロ以上の勢いで街路を襲い、建物や市電、人や動物を押し流しました。糖蜜自体は良いものでも、この事故の被害は甚大で、21人が亡くなり、150人以上が負傷しました。