天の父の声
友人のお父さんが先日亡くなりました。診断の後、すぐに病状が悪化し、ほんの数日で天に召されました。父親と深い絆があった友人は、聞きたいことや話したいことがまだたくさんあったと言います。彼の職業はカウンセラーなので、家族を亡くした人の心をよく知り、そのような状況をくぐり抜けていく人たちを助けています。それでも、彼はこう言いました。「時々、父の声を聞き、父の愛を感じたいと無性に思うんだ。僕にとって、それは大きな意味があったから」。
叶えられない祈り
子どもたちが幼い頃、コロラドからアーカンソーまで帰省する16時間の道中の親子のやり取りです。「もう着く?」「まだだよ」「もう着く?」「まだだよ」。もし、尋ねるごとに100円もらうと決めていたら、100円玉の山ができていたでしょう。子どもたちは、しつこく尋ねましたが、実は、運転手の私も同じように尋ねていました。「もう着くかしら?」答えは「まだ、でも、もうすぐ」でした。
生きている間に与える
人生後半の数十年、蓄財を寄付するために費やした大富豪がいます。北アイルランドの和平、ベトナムの医療システムの近代化など、様々な目的のために寄付をし、亡くなる直前には、ニューヨークのルーズベルト島を応用科学のハブセンターにするために、380億円相当を寄付しました。彼は「生きている間に与えるのが私の信念です。躊躇する理由など思いつかない……死んでからより、生きている間に与える方がずっと楽しいですから」と語りました。何と素晴らしい姿勢でしょう。
教会コミュニティー
私は牧師の息子だったので日曜日に教会に行くのは当たり前でした。そして、私は教会が大好きでした。しかし時は移り、礼拝に常時出席する人の数は減りました。当然、人は理由を詮索しますが、それは多種多様です。これに対し、作家のキャスリーン・ノリスは、「なぜ教会に行くのか」という質問に、「私たちは他の人のために教会に行くのです。そこに、あなたを必要としている人がいるかもしれませんから」と応える牧師の言葉を紹介しています。
真の礼拝者たち
地下に下りると、小さな洞窟のような空間があり、つるされたランプが、少し高くなった大理石の床を照らしていました。そこには14の先端がある銀の星が描かれています。ここはキリスト降誕の地と言われるベツレヘムの聖誕教会です。作家アニー・ディラードは、やっと来た特別な場所なのにあまり感激していないのは、たぶん、神がもっと大きなお方だからだろう、と思いました。
あなたの故に神は歌う
長男が誕生して17か月が過ぎ、娘もできました。私は大喜びでしたが、少し不安もありました。男の子のことは多少知っていますが、女の子のことは未知の領域ですから。娘をサラと名付け、妻を休ませるために、彼女を寝かしつける役目を買って出ました。私の子守歌は、なぜか「ユー・アー・マイ・サンシャイン」になりました。娘を腕に抱き、時にはベッドを揺らしながら、彼女のために歌いました。すべてが愛しい時間でした。娘はすでに大人ですが、私は今でも彼女を「サンシャイン」と呼びます。
すべての良きこと
金曜日の夕方に家族で見るニュース番組は、明るい話題で締めくくられます。例えば、新型コロナウィルスに罹患したレポーターが完全に回復し、他の患者の治療のために、血しょう成分献血を行った話題です。当時は、抗体の効果について結論が出る前で、多くの人が無力感に襲われていました。しかし、彼女は「可能性が無い訳ではないのだから、献血の痛みは大した犠牲じゃない」と思ったそうです。
世話をする理由
ふたりの女性が通路を挟んだ隣同士の席に座っていました。到着地までの2時間、ふたりのやりとりが目に留まりました。明らかに知り合い同士で、親族かもしれません。若い方は60代でしょう。彼女は、くし切りのリンゴやひと口サイズのサンドイッチをバッグから取り出して、90代とおぼしきもうひとりに手渡し、最後にはお手拭き、そして新聞をあげていました。彼女の仕草には敬愛が見て取れました。私は飛行機を降りるときに声をかけ、「お連れ様を気遣う姿が素敵でした」と言うと、彼女は「あれは私の母です。私の親友なのです」と答えました。
急がない祈り
昔、ハワイの人々は、まず神殿の外に長い間座って準備をし、中に入ると祭壇まではって進み祈ったとアリス・カホルスナは語ります。そして、外に出ると再び座って、祈りに「命を吹き込む」のです。彼らは島に来た宣教師の祈りは変だと思いました。立ったまま短く何かをつぶやいた後、アーメンと言っておしまいだったからです。人々は彼らの祈りを「息が吹き込まれていない祈り」と形容しました。