神に誉を
ある日の礼拝に何人かの新来者がありました。その中のひとりが、牧師のメッセージの途中で外に出ていきました。私は気になって、彼女の後を追っていきました。
本当の避難所
私の故郷では2014年3月に部族闘争が起こり、父方の親戚は難民となって、その地方の中心都市に避難しました。悲しいことに、故郷が危険になったという理由で、身の安全とより良い生活を求めて、他の土地に移住することは人類の歴史の一部です。
安息への招待状
救急病棟に入院した友人が、ベッドの横で他の患者たちが痛みにもだえ苦しむ声を聞き、心が動揺しているのが分かりました。彼らのために祈りながら、私は改めて人生のはかなさを思いました。古いカントリーウエスタンの歌詞が思い浮かびました。私たちはただ、この世を通り過ぎていくだけなのです。
喜ぶべきでない
ガーナのアカン族には、「トカゲは、石を投げつける子も、そばで面白がって見ている子も、等しく大嫌い」ということわざがあります。他人の不幸を喜ぶ人は、その不幸の原因を作った人と同じであり、更なる不幸を望んでいる人と同じだといいます。
天国の名簿
ケニア航空のチェックインカウンターでパスポートを差し出すと、私の名前は乗客名簿に無いと言われました。予約再確認をしなかったからです。その日、帰宅する望みは露と消えました。
御子の光を反射する
ノルウェーのリューカンは、北緯の高いところに位置し、そそり立つ山に囲まれているので10月から3月まで日光が射し込みません。そこで日光を反射させて町を明るくしようと、山に巨大な鏡が設置されました。それは太陽の動きに沿って回転し、町の中心部を照らします。
御名を口にする
ある教会が礼拝のゲスト・スピーカーに「神について話してください。ただし、イエスについてはふれないように」と頼みました。驚いて理由を尋ねると、「イエスというと不快に感じる人が、主要メンバーの中にいるのです。でも、『神』と言ってくだされば大丈夫です」とのこと。しかし、ゲスト・スピーカーはこんな要望に従うのは問題と考えて、「イエス抜きでは、何も語れません」と答えました。
裏方
私たちの教会が開く宣教イベントのクライマックスは、町中の人を巻き込んだ礼拝でした。礼拝の最後に、青年たちのミュージック・チーム、カウンセラー、そして、牧師や伝道師たちがステージに上がり、会衆は拍手喝采で、彼らの労をねぎらいました。ところが、ほとんど目立たない人がいました。その人こそ、この企画の推進役なのです。後日、彼を見かけたので、「イベントが成功してよかったね。お疲れさま。でも、君は表に出ないんだね」と言いました。すると彼は、「僕は裏方をするのが好きなんだ」と答えました。彼は目立つことを求めません。こういう人こそ評価すべきです。
天に宝をたくわえる
電気配線の誤りが原因で火事になり、新築の家が焼失してしまいました。我が家はたった一時間でがれきになりました。また、日曜日に教会から帰宅すると、空き巣に入られて家財が盗まれていた、ということもありました。