知恵は喜びにつづく道
電話が鳴ってすぐに応答すると、教会で最年長の人からでした。年齢は100歳近くになる元気な働き者の女性です。自分の本を仕上げるために、執筆に関する質問をしてきたのです。しかし、私はいつものように逆に質問していました。人生について、仕事、愛、家族について尋ねました。長い人生から得た多くの教訓は、知恵の宝庫でした。彼女は「一歩、一歩ね」と言いました。そして、彼女は自分がそれを忘れてしまった時の話をして、ふたりで笑いました。彼女の数々の話は、いつも本物の喜びの香りがしました。
聖書を頼りにする
伝道者ビリー・グラハムは、かつて、聖書の全部を真実だと信じられず悩んでいました。散歩に出たある夜、木の切株に聖書を置き、ひざまずいて、「神よ、この本には理解できない事がたくさんあります」と躊躇しつつ言いました。しかし、正直に告白したことで解放されます。そして、聖書の全部を信仰で受け入れると決心しました。すぐに疑問が消えたわけではありません。しかし、己の「霊の戦い」を堂々と戦い、勝利したという実感があったと述懐しています。
まず赦す
信仰の仲間だったはずなのに、彼女と敵のようになりました。白人の彼女とアフリカ系アメリカ人の私は、カフェで人種問題について激しく口論し、決別を誓いました。ところが1年後、私たちは同じ団体の同じ部署で奉仕することになり、かかわらないわけにはいかなくなりました。私たちは、初めはぎこちなくしていましたが、神は時間をかけて、両者が謝罪し、心を癒やし、協力して良い仕事ができるように助けてくださいました。
イエスのために咲く
アムステルダムに旅行した娘のお土産はチューリップの球根でした。私は大喜びを装いましたが、実はチューリップが好きではありません。咲くとすぐにしおれるし、7月は暑すぎて植えるわけにはいきません。
清める方法
小さな子どもたちが「ハッピーバースデー」の歌を元気に2度繰り返しながら手を洗っています。「それだけの長い時間をかけないと、ばい菌を洗い流せないのよ」と母親が教えたからです。清潔を保つには面倒な作業があります。罪を洗い清めるには、神に立ち返らなければなりません。
戦う馬
クリミア戦争の「バラクラバの戦い」で英国兵と共に戦った112頭の馬の中に、ドラマーボーイという馬がいました。この馬は並外れた勇気と持久力を示し、その勇猛果敢をたたえて人間と同じ勲章が贈られました。兵士と馬が共に勇敢に戦った「バラクラバの戦い」は、敗北したにもかかわらず、英国史に残る偉大な戦闘として、今日も語り継がれています。
名前を知っている
長年集った教会を3年間、離れていましたが、夫婦で戻ることにしました。教会の反応はどうだろうと不安でしたが、日曜日の朝に会堂に入ると、「パット、ダン、久しぶり!」と、私たちの名を明るく呼んで迎えてくれました。児童文学作家ケイト・ディカミロが書いているように、この殺伐とした世の中で、大好きな人から名前で呼ばれることほど心地よいことはありません。
勇敢な愛
彼らは4人の従軍牧師でした。輸送艦ドーチェスターは、第二次大戦中の1943年2月の寒い夜、グリーンランド沖で魚雷を受け、沈没しかかっていました。4人は慌てふためく兵士たちに全力で仕えました。生存者によれば、救命ボートに殺到する兵士たちに、勇気を説いていたそうです。救命胴衣が足りなくなると、自分たちのものを若い兵士に与えました。自らは死ぬ覚悟で、若い兵士を助けたのです。生存者のひとりは「見たことのない高貴な光景だった」と述べています。彼らはともに沈みゆく兵士たちを勇気づけようと、腕を組み、大声で祈りました。
無事に岸へ
パプアニューギニアのカンダス族の人々は、自分たちの言語に翻訳された新約聖書を待っていました。しかし、それを運ぶ仲間は、小船で海を渡らなければなりません。その勇気の源は何でしょう。船を操る自信もそうですが、海を造られた神を知っていることも大きいのです。神は、一人ひとりの人生行路を導き、波立つ大海原を渡らせてくださいます。