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Patricia Raybon

Patricia Raybon

パトリシア・レイボン氏は、デンバーポスト紙日曜版の元編集者、コロラド大学ボルダー校のジャーナリズム科元准教授です。現在は、神と人を愛するインスピレーションとなるような著書を手掛けています。彼女の目指すのは、恵みをもって信仰と人種問題に取り組むことです。みことばを愛し、世界各地の聖書翻訳プロジェクトにもかかわっています。数々の賞を受賞した著作には、"My First White Friend" "I Told the Mountain to Move"が含まれます。母であり妻であるレイボン氏は、夫ダンとコロラド州に暮らしています。レイボン氏の詳細は、patriciaraybon.comをご覧ください。(英語のみ)

寄稿一覧 Patricia Raybon

ひとりじゃない

友人の作家はインドネシアの牧師たちのために聖書の教本を書く仕事を引き受けました。そしてインドネシアの共生文化を知り、魅了されました。それはゴトン・ロヨンと呼ばれ、相互扶助という意味です。村の橋や道のみならず、個人の家の屋根を修理するときでさえ、近隣の人たちが協力します。都市の生活も同じだと言いました。「例えば医者に行くときも、誰かと一緒です。それが当たり前です。ですから、人は決してひとりぼっちではないのです。」世界中のキリスト者も「決してひとりではない」という喜びを知っています。不断かつ永遠の友は聖霊です。天の御父は、キリスト者を助け、いつまでもともにいるために、三位一体の神の第三位格、聖霊を与えてくださいました(ヨハ14:16)。

美を楽しむ

市民病院の長い廊下を歩いていて、目が釘付けになりました。深みのあるパステルで描かれたアメリカ原住民ナバホ族の絵は、私を魅了し、前を行く夫に「ねえ!」と声を掛けました。そして、他の絵には目もくれず、その絵を見つめ「美しいわ」とつぶやきました。

神に囲まれて

混雑した空港で、若い母親が孤軍奮闘していました。幼い子どもが、飛行機に乗りたくないと、泣き叫び、床を蹴って駄々をこねています。手に負えない状況の上、彼女は身重で、途方に暮れて床に座り込むと、顔を覆ってすすり泣きました。

すっかりきれいに

英国の技師エドワード・ネアーンが、1770年、消しゴムを発明しました。その前はパンの耳で消していました。彼はパンを取ろうとして誤ってゴムをつかみましたが、それで書いたものが消える上、消しくずの始末も簡単でした。

FIKAの精神

隣町にFIKAという名前のカフェがあります。コーヒーとケーキで一息つこうという意味のスウェーデン語で、いつも家族、同僚、友達が一緒です。私はスウェーデン人ではありませんが、FIKAの精神が好きです。大好きなイエスの生き方の一端、つまり、みんなで食べたり、くつろいだりされたことを連想させるからです。

神に見られている

眼鏡を初めてかけたとき、世界がくっきり見えました。私は近視なので、近くの物はよく見えますが、遠くのものはぼやけて見えます。12歳の時に眼鏡をかけ、黒板の字や小さな木の葉、そして何よりも、みんなの笑顔がはっきり見えて感激しました。挨拶すると笑顔が返ってきて、私は見られることは、見ることと同じぐらい大きな恵みだと学びました。

大ごと

家賃の支払いに困った親戚に援助を求められて、友人は重荷に感じたそうです。特に年末で、自分たちにも予期せぬ出費があったからです。それでも貯金を下ろしてお金を工面し、そうできることを、神に感謝しました。親戚の礼状には「今度も良くしてもらい、ありがとうございました。まるで、大ごとでは無いかのように寛大に引き受けてくださって…」と書かれていて、その言葉にも祝福されました。

ぴったり追従

空軍基地のそばの我が家の上を3機の戦闘機が轟音を響かせて編隊を組んで飛んでいきました。「わぁ!すごい」と夫婦で見上げました。私はあれを見るたびに「あんなにくっついているのに、なぜぶつからないのだろう」と思います。その理由のひとつは、謙遜さだと言います。先頭のパイロットが正確なスピードと軌道で飛んでいると信じ、後続のパイロットは異議を唱えず先頭につづいてぴったり追従します。その結果、強いチームが生まれます。

救い主を待ち望む

愛車のエンジンがかからず、やって来た修理工はずいぶん若い人でした。夫は「あんな若造が…」とささやき、明らかに信用していません。その若者を疑う夫の言葉は、イエスを疑うナザレの人々のつぶやきを彷彿とさせました。