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Sheridan Voysey

Sheridan Voysey

シェリダン・ヴォイジー氏は、英国オックスフォード在住の執筆家、講演家、およびラジオパーソナリティです。ヴォイジー氏には、「復活の年」「挫折をばねに新たな出発」「イエスに似た生き方はいかが」など数々の著書があります。また、オーストラリアで毎週日曜夜に放送されるラジオの生トーク番組「オープンハウス」の司会を長年務めました。現在、講演会や各種イベントのスピーカーとして世界各地で活躍中です。大学では神学およびコミュニケーション学を専攻し、これまでに教会や宣教団体の責任者を歴任しました。ヴォイジー氏のブログや音声は、sheridanvoysey.comにて公開されています。フェイスブック(facebook.com/sheridanvoysey)、ツイッター(@sheridanvoysey)のアカウントもあります。(注:サイトは全て英語のみ)

寄稿一覧 Sheridan Voysey

神の季節

最近「冬ごもり」という言葉に助けられました。冬は自然の営みが静止したかのようですが、人生にも冬があり、休息と回復の時だと、作家キャサリン・メイが述べています。私は父をがんで亡くし、力が抜けて何カ月も戻らず、人生の停滞に焦っていました。私は夏の力が戻るように祈っていましたが、学ぶべきことがあると悟りました。

真実を求める人々

教会を混乱させている論争があるというので、それは何かと尋ねると、「地球が平らかどうか」だと言いました。また、クリスチャンの男性が「奥の部屋」に監禁されている子どもたちを救出しようと武装してレストランに乱入し、逮捕された、と報道されました。「奥の部屋」はありませんでした。どちらも騒ぎの発端はネットの偽情報でした。

レンタル友だち

世界中で人間関係が希薄になっています。友だちゼロという人の数は、アメリカでは1990年の4倍です。国民の20%以上が独りだと感じている欧州の国もあり、BBCニュースは、刑務所に行けば仲間がいるという理由で犯罪を繰り返す日本の高齢者について報じています。

満足を手に入れる

幸せを求めて頑張ったのに空しいと、人生相談のコラムで嘆く人に、ある精神科医がにべもない回答をしました。人間は幸福になるためではなく「生きて子孫を残すためだけに」存在している。そして、呪われ、満足という「捕まらないチョウのちょっかい」に翻弄(ほんろう)されている、というのです。

謙虚になる日

面白い「記念日」があります。日本の2月には、「ピカチュウの日」とか「にわとりの日」とか「気くばりの日」などというものがあります。今日は、米国では「『謙虚になろう』の日」です。確かに謙虚は美徳ですから、祝う価値があります。しかし、常にそうだったわけではありません。

リバイバルが来る

オールクンはオーストラリア北部の小さな町で、7つの部族の原住民が住んでいました。福音は約100年前に伝えられましたが、報復の文化は残っていました。2015年に部族間の緊張が高まって殺人事件が起こり、報復は必至でした。しかし、2016年の初めに驚くべきことが起こりました。人々が神を求めて祈り出したのです。群衆は悔い改め、雪崩を打って洗礼を受けに出てきました。リバイバルです。人々は喜びのあまり道で踊り、殺人の被害者部族は、加害者部族を赦(ゆる)しました。人口1300人の町で、毎週日曜日、1000人もの人が教会に集まります。

冒険しよう

最近素晴らしいものを見つけました。近所の林に小道を通って入っていくと、秘密の遊び場がありました。誰かの手作りでしょう。小枝で作ったはしごの上には見張り台。木には古い綱で作ったブランコのみならず、つり橋まで架けられていました。古い木や綱で冒険を楽しめるようにした人がいたのです。

どう生きるか

私たち夫婦は10年間、不妊に悩んだ後、新天地で心機一転を図ることにしました。胸が躍る一方で、大好きなラジオの仕事は続けられませんでした。友人のリアムに「天職が何なのか、もう分からない」と打ち明けると、「ここで放送の仕事は?」と質問されました。していないと答えると「結婚生活はどう?」と尋ねられました。急な話題の転換に驚きながらも「うまくいっている。二人して辛い道を通ったけれども、この試練で夫婦の絆が深まった」と答えました。彼は笑顔で「絆は福音の核心だよ。世の中には君たちのように互いに誠実な夫婦が必要だ。何をするかではなく、どう生きるかで、十分に大きな影響を与えているよ」と言いました。

主が共に歩まれる

ある聖歌隊が歌う「イエスは共に歩まれる」が、以前ヒットしましたが、その裏には物語がありました。薬物依存のリハビリを始めた時、ジャズ・ミュージシャンのカーティス・ランディがこのグループを立ち上げました。古い賛美歌に触発され、皆の希望となるように、患者仲間と曲を作りました。「私たちは全身全霊で歌いました。救ってください、薬物依存から抜け出させてくださいと、イエスにすがる思いで歌いました」と語る人や、歌っている時は慢性痛が和らいだと言う人などがいました。彼らは歌う時、解放を求めて必死に祈っていたのです。