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Sheridan Voysey

Sheridan Voysey

シェリダン・ヴォイジー氏は、英国オックスフォード在住の執筆家、講演家、およびラジオパーソナリティです。ヴォイジー氏には、「復活の年」「挫折をばねに新たな出発」「イエスに似た生き方はいかが」など数々の著書があります。また、オーストラリアで毎週日曜夜に放送されるラジオの生トーク番組「オープンハウス」の司会を長年務めました。現在、講演会や各種イベントのスピーカーとして世界各地で活躍中です。大学では神学およびコミュニケーション学を専攻し、これまでに教会や宣教団体の責任者を歴任しました。ヴォイジー氏のブログや音声は、sheridanvoysey.comにて公開されています。フェイスブック(facebook.com/sheridanvoysey)、ツイッター(@sheridanvoysey)のアカウントもあります。(注:サイトは全て英語のみ)

寄稿一覧 Sheridan Voysey

愛され魅力的で有能だ

マルコムは堂々として見えましたが、実は、臆病で、強い承認欲求がありました。すさんだ家庭環境の問題は、自分のせいだと思い込んでいました。物心ついた頃から、洗面所の鏡の自分に向かって「馬鹿、ボケ、ダサッ。全部お前が悪い!」と叫んでいたと言います。

元気を回復する

精神科医のロバート・コールズは、人に仕える仕事で燃え尽きた人には、そこに至るまでに前兆があると言います。最初のサインは疲労感。次は改善しないことに対する辛辣な感情、恨みや敵意、絶望感、抑うつ症状と続き、最後に燃え尽き症候群と診断されます。

再び動き出した心臓

フィリップス、クレイグ&ディーンというゴスペル・グループは、2012年、ある心臓外科医の実話に構想を得て「テル・ユア・ハート・トゥ・ビート・アゲン(心臓に再び打てと告げよ)」をリリースしました。その医師は、患者の心臓を摘出して治療した後、元に戻して心臓マッサージをしましたが、心拍が再開しません。より強い手段を講じてもダメでした。そこで意識の無い患者の横にひざまずき、彼は言いました「ジョンソンさん、あなたの執刀医です。手術は成功で、心臓は治りました。後はあなたが心臓に再び打てと告げるだけです。」すると心臓が動き出しました。

何でもやる

自称「天才」が、世界の恐怖や腐敗、無知や貧困についてわめきちらし、この世は不条理で神はいないと断言する映画がありました。珍しい話ではありません。変わっているのは「ちょっとでも幸せを感じることは、何でもやってくれ」と最後に観客に訴えることです。そこには背徳も含まれます。

ナイフ・エンジェル

刃物を使った犯罪がイギリスで横行していたとき、鉄工芸センターが一策を講じました。警察と連携して200個の収集箱を全国に設置し、そこに刃物を投棄した人に関しては、罪を問わないことにしたのです。約10万本が匿名で投棄され、中には血の付いたものもありました。それらをアーティストのアルフィ・ブラッドレーに送ると、彼は刃を丸くし、犯罪の犠牲者たちの名前と加害者の後悔の言葉を刻んで溶接し、「ナイフ・エンジェル」という高さ約8メートルの天使像を作りました。

すぐ隣に

仕分け担当の職員は、それらを「神への手紙」の箱に入れます。エルサレムの郵便局には、神やイエス宛ての手紙が毎年約千通も届きます。職員はどうしたものかと困った挙げ句、「嘆きの壁」に持って来ました。多くは仕事や結婚、健康を求めるものですが、赦しを請うもの、感謝をささげるもの、亡き妻に再会したいので、夢枕に立たせて欲しいと頼むものもありました。この人たちは、神に届きさえすれば、願いがかなうと思ったのでしょう。

再び友になる

牧師が、「神の赦しを受け取る人は前に出てください」と言いました。人々が進み出ていくと、幼い女の子が拍手をしました。母親は「すみません。悔い改めたら、また神の友だちになれるのよと話したので、娘はみなさんのお祝いをしたのです」と後で説明しました。

死刑囚の喜び

アンソニー・レイ・ヒントンは1985年、ふたつの殺人事件で、冤罪によって死刑判決を受けました。レイは、偽証した人たちを赦すこと、また、彼の喜びは不正では奪われないことを裁判で証言しました。そして「私は、死後、天国に行きます。あなたたちはどこに行きますか」と問いました。

大きな神の愛

ドミニカ共和国のサント・ドミンゴの貧困地区に行ったことがあります。トタン張りの家で電線はむき出しです。私はそこで、人々が失業、薬物、犯罪と闘うために、教会がどのように役立っているかアンケート調査をしていました。