気前の良い親切
レストランのドライブスルー窓口で働くヴィッキーは、修理不能になった車の買い替えの金策に頭を抱えていました。常連客のクリスは、それを聞いて「そのことが頭から離れず、何とかせねばと思った」そうです。すると息子が車を売りに出したと知り、それを買い取ってヴィッキーにあげました。彼女は「こんなことをしてくれる人がいるなんて…」と感激し、心から感謝しました。
故郷に帰る
ウォルター・ディクソンは、5日間の新婚旅行から帰ると朝鮮戦争に出兵しました。それから1年も経たないうちに、ポケットに妻からの手紙が詰まった彼の上着が戦場で見つかりました。軍の当局は、彼の若妻に夫の戦死を告げました。ところが、ディクソンは生きていました。捕虜だった2年半の間、眠っている時を除いては、常に帰還の策を練っていました。5回の脱走を試み、その度に捕まりましたが、ついに自由を得ました。彼が戻った時の皆の驚きは、どれほどだったでしょう。
御手で守る
南アフリカのフレディ・ブロム氏は2018年で114歳になりました。当時の世界最高齢です。生まれたのはライト兄弟がフライヤー2号を作った1904年。ふたつの世界大戦、アパルトヘイト、大恐慌を経験しました。長寿の秘訣を聞かれると、彼は肩をすくめます。特に体に良い物を食べたり、健康第一の生活をしたりというわけではないからです。唯一わかっていることは、神のおかげ、最強の神が自分を支えておられると語ります。
ともに苦しむ
英国王立海兵隊の退役軍人ジェームズ・マコーネルは、2013年に70歳で亡くなりましたが、身寄りがなく、老人ホームの職員は、葬儀に誰も来ないのではと危惧しました。司式を頼まれた人がフェイスブックに投稿しました。「昨今、弔う人なく世を去る人がいるのは、それだけで悲劇だが、この人は我々の家族だったのです…退役兵士に敬意を示すために参列できる人は…どうぞ来てください。」すると200人の海兵隊員が集まりました。
決着がついたように生きる
小野田寛郎は、第二次世界大戦の際、フィリピンのルバング島にスパイとして送られました。そして、敗戦となって平和条約が締結された後も、それを信じず隠れていました。大戦終結から29年間、ジャングルに潜んでいたのです。しかし1974年3月、当時の上官が現地におもむき、投降するよう説得しました。彼は長年、不自由な生活をしましたが、それは、戦いに決着がついたと信じず、降伏を拒んだからです。
すべてを洗い流す恵み
アマゾンのスマートスピーカー「アレクサ」には、言われたことをすべて消去する機能があります。「今日言ったことを消しておいて」と言えば、アレクサに頼んだことや、集めてもらった情報などを、すべてなかったことにできます。しかし実生活は違います。失敗や失言を消去することはできません。
謙遜こそ偉大さの証
予想だにしなかったイギリス軍の降伏で、アメリカが独立を勝ち取った時、政治家や軍人たちは、司令官ジョージ・ワシントンを国王にしようとしました。世界の目は、絶対的権力を掴める立場となったワシントンが、自由という理想を掲げつづけるだろうかと注視しました。しかし、英国王ジョージ3世は違いました。ワシントンが権力にひかれず、バージニアの農園へ帰るなら、彼こそ「最も偉大な人物」だと思ったのです。王は、権力の誘惑に打ち勝った人こそが、真に高貴で立派な人だと分かっていました。
ありえない赦し
ナチスが5万人以上の女性を殺したラーフェンスブリュック強制収容所が解放されたとき、遺体に混じって祈りが記されたしわくちゃの紙が見つかりました。「主よ、善人だけではなく、悪人をも忘れないでください。しかし、彼らが与えた苦しみではなく、その苦しみの中で育てられた私たちの同志愛、忠誠心、謙遜、勇気、自己犠牲、心の偉大さという果実を覚えてください。さばきのときには、私たちが結んだ実のゆえに、彼らを赦してください。」この女性は想像を絶する恐怖や苦痛を味わったはずなのに、何という寛大さでしょう。虐待した人のために神の赦しを求めるなど考えられません。
たとえ火の中、水の中
映画『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』は、南北戦争の脱走兵ニュートン・ナイトとその仲間、そして奴隷たちの物語です。彼らは北軍を助け、戦後は奴隷制度に抗いました。英雄と言われるナイトですが、脱走し、負傷した際、ふたりの奴隷に救われました。人里離れた沼地に運ばれ、介抱されたのです。見捨てられていたなら死んでいたでしょう。