寄稿者

すべて見る
Winn Collier

Winn Collier

ウィン・コリエ氏は、ミシガン州ホランドに家族と住んでいます。 25年間牧師として神に仕えています。ウェスタン神学大学院の教師、ユージン・ピーターソン・クリスチャン・イマジネーション・センターのディレクターも務めています。友人との時間を大切にし、フェアトレードのコーヒー、良質な映画と本、山、問答、森林散策などが好きです。体裁を気にすること、恐れ、不正などは嫌いだと言います。お気に入りのカフェが近所にないことも嫌なことに挙げられると言います。雑誌の寄稿者でもあり、5つの著書(Restless Faith, Let God: The Transforming Wisdom of François Fénelon, Holy Curiosity, the epistolary novel Love Big, Be Well, and A Burning in My Bones: The Authorized Biography of Eugene Peterson.)があります。

寄稿一覧 Winn Collier

祝宴

バージニア州にいた頃、私たちの教会の洗礼式はリバナ川でした。日差しが暖かい日でも、水は氷のようでした。日曜礼拝の後、皆で車に乗り込んで市立公園に行きました。近所の人がフリスビーを投げ、子どもが遊び場に群がる中、大勢で川辺まで歩いて行くのですが、それは壮観な光景でした。私は氷交じりの水の中に立ち、聖書を読み、受洗者たち一人一人に浸礼を施します。彼らがずぶ濡れで水から上がると、歓声と拍手が沸き起こります。彼らが土手に登ると、家族や友人はハグで迎え、誰もがずぶ濡れになりました。それから、皆で飲み物やお菓子を楽しみました。それを見ていた人たちは、何が起こっているのか分からなかったかもしれません。しかし、それがお祝いであることは理解したでしょう。

解放する神

リンカーン大統領の奴隷解放宣言から2年半が経ち、南軍はすでに降伏していましたがテキサス州は奴隷解放令に服しませんでした。しかし、1865年6月19日、北軍のグレンジャー将軍がテキサス州ガルベストンに入り、全奴隷を解放せよと命じました。自由の宣告を受けた人々の衝撃と喜びは、想像を絶します。

砂漠に花が咲く

約100年前、エチオピアの国土のおよそ40パーセントは緑豊かな森でした。しかし今日、その割合は約4パーセントです。人々は、森林保全をせずに開墾し、自然環境を危機にさらしています。その中にわずかに残った森が点在しています。その多くは教会が管理してきた土地です。エチオピア正教会の各教会は何世紀にもわたって、砂漠の中の緑地を大切に守ってきました。航空写真を見ると、砂色の大地の中に緑の島々があるようです。教会の指導者たちは、自分たちは神の被造物の管理人であり、木々を守ることは、神に対する従順の一端だと固く信じています。

平和の作り主イエス

米国の南北戦争真っただ中の1862年12月30日。両軍はテネシー州のストーンズ川を挟み600メートルほど離れて陣を張り、たき火を囲んで暖を取っていました。北軍の陣営はバイオリンとハーモニカで「ヤンキードゥードゥル」を演奏し、南軍は「ディキシー」の演奏で応じました。そして最後には「ホーム・スイートホーム」を両軍で合奏したのです。音楽を通した闇夜の交流。想像を超えた平和のほのかな光。それははかない平和でした。翌朝、彼らは楽器を銃に持ち替え、24,645名が落命したのです。

町に喜びを

ワールドカップ史上最高の試合と称された2022年の決勝戦。フランス、アルゼンチン両チームは、3対3のスコアで延長戦を終了し、勝敗はPK戦に持ち込まれました。決勝ゴールを決めた瞬間、アルゼンチンの国中が歓喜に沸き立ちました。100万人以上がブエノスアイレスの町を埋め尽くし、嬉しくて大騒動する群衆のドローン映像が、ソーシャルメディアに拡散されました。BBCの記者は、町が喜びの炸裂で震えたと伝えました。

基本を見誤る

マクドナルド社は、クォーターパウンダー・バーガー(4分の1ポンド、約113グラム)でファストフード界を席巻していました。競合店のA&Wは、1980年代、より大きいサードパウンド・バーガー(3分の1ポンド、約151グラム)を同価格で販売し、追い落としを試みました。ブラインドテスト(目隠しで味を比べる消費者調査)では何度も好成績を収めましたが、発売後は客に見向きもされず失敗しました。調査の結果、原因は消費者の誤解でした。サードパウンド・バーガーはクォーターパウンダーより小さいと勘違いしたのです。

喜んで信頼する

殺処分の運命だった保護犬のルディーは、その数日前にリンダに引き取られました。それから10年間、ルディーはリンダのベッドの脇で穏やかに夜を過ごしましたが、突然、ベッドに飛び乗って、彼女の顔をなめるようになりました。リンダは叱りましたが、毎晩、同じことが起こりました。やがて、リンダが座ると必ず膝の上に飛び乗り、顔をなめるようになったそうです。しつけ教室に連れて行かなければと思った時、ふと、彼女の顎の同じ所をルディーがなめていると気付きました。不安になって医者に診てもらうと、微小腫瘍(骨のがん)が見つかりました。発見がもう少し遅れていたら、助からなかっただろうと告げられました。リンダはルディーの本能を信じてよかったと思いました。

持っているものを用いる

オーストラリアのブリスベン市庁舎は1920年代の素晴らしい建物です。白い階段はミケランジェロのダビデ像と同じ採石場の大理石、尖塔はベニスのサン・マルコ寺院を模し、ドームは南半球最大です。頂上に巨大な平和の天使を飾る予定でしたが、建築資金が底をつきました。そこで配管工のフレッド・ジョンソンは、トイレの水槽や古い街灯、廃棄された金属片などを用いて球状の飾りを作りました。それが約100年間、頂上に鎮座しています。

一緒に向上する

写真家ソーレン・ソーカーは、ムクドリの大群が流れるように空を舞う「マーマレーション」を撮影してきました。それは、巨大な黒い波が寄せたり引いたり、万華鏡のように変化する墨絵を眺めているようです。デンマークではこの現象を「黒い太陽」と呼んでおり、それはソーカーの写真集のタイトルにもなっています。最も驚くべきは、ムクドリは目前の仲間を追いかけ、一歩間違えれば大惨事という狭い間隔で飛ぶことです。しかし、互いを守るために小声でささやき合います。タカが来ると隊列を狭くして集団で移動し、1羽でいたら簡単に襲われる捕食者を撃退します。