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空の雲を考えてみよう

1年で聖書を!
◆ エゼキエル書12-14
聖書のみことば ヨブ記37:1-16
 
あなたは濃い雲のつり合いを知っているか。―ヨブ37:16

ずいぶん昔のことですが、息子たちと一緒に庭に寝そべって、雲の流れるのを見つめていたことがありました。「お父さん、どうして雲は浮いているの」と、ひとりが尋ねました。私は、「それはね…」と教養のあるところを見せようと思ったのですが、口ごもってしまいました。そして、「分からないなあ」と知らないことを認め、「でも、調べてあげるよ」と付け加えました。

調べて分かったことは、こうです。凝結した水蒸気が地球の引力で下降すると、地上から昇る温かい空気にぶつかります。そして、再び霧状の水蒸気となり、上昇するのです。これが、この自然現象の説明です。

しかし、自然現象の説明は、究極の答えではありません。雲が浮くのは、神が、その英知によって自然を司る法則をつくり、「完全な知識を持つ方の不思議なみわざ」(ヨブ37:16)を示されたからです。ですから、雲はひとつの象徴、すなわち、神が恵みとまことをもって天地を創造されたということを表すしるしなのです。

いつか、「あの雲は何に見えるだろう」などと思いながら、のんびり雲を見ることがあったら、思い出してください。万物を美しく造られたお方が、上空に雲を浮かばせておられることを。また、その理由は、私たちに驚き敬う心を呼び起こさせるためであることを。大空は、積雲や層雲、巻雲さえも、神の栄光を宣言しています。

(David Roper)

被造物は、創造主を指し示すしるしに満ちている。

耳を澄ませる

1年で聖書を!
◆ エゼキエル書8-11
聖書のみことば ヨハネ10:1-10
 
彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。―ヨハネ10:4

すべての夫婦に当てはまるかどうか分りませんが、どういう訳か、私は考えごとをすると周りの音が聞こえなくなります。妻のマーティが大切な話をしているときでもそうなので、彼女はイライラします。遠くを見ているような私の目に気づくや、妻はしばしば言います。「あなた、私の話をちゃんと聞いているの?」

「聞く」ということは、どんな人間関係にも大切なことですが、神と人との関係にとってはなおさらそうです。神に属している人には、聖書のみことばや聖霊の働きを通して、神と対話する特権が与えられています。神の御声によって、義、愛、恵みなど、イエスの品性や神のみこころと整合性のあるものに導かれていくなら、私たちは真の牧者に注意を向けていると言えます。イエスがご自分を「良き牧者」と言われて明らかになさっているように(ヨハ10章)、イエスの御声に忠実に耳を傾けている人が、イエスの献身的な従者であり(4節)、キリストに似た者に変えられていく人です。

配偶者や友人の話にきちんと耳を傾けることが、「あなたは大切な人です」という無言のメッセージであるように、イエスの御声に注意深く耳を傾けることは、「私の人生にとって神はとても大切なお方だ」ということを証するのです。ですから、生活の雑音ではなく、イエスの御声に耳を澄ませましょう。そして、神がおっしゃることを実行する恵みが与えられるように、祈りましょう。

(Joe Stowell)

イエスの言われたことに耳を傾けることが、イエスに従う第一歩だ。

隠れた扉

1年で聖書を!
◆ エゼキエル書4-7
聖書のみことば ヤコブ1:12-21
 
試練に耐える人は幸いです。―ヤコブ1:12

その種の事件はスポーツ界で前代未聞というわけではありません。これが最後でもないでしょう。しかし、この事件に言及することで、恥ずべき過ちを繰り返さないように、自分たちを戒めることができるかもしれません。

クリスチャンで人格者だと思われていた大学フットボールチームのコーチが、全米大学体育協会の規則に対する明確な違反が発覚して、辞任に追い込まれました。ある雑誌は、「彼を公明正大な人としてきたこと自体、大学フットボール界の大いなる神話だったのではないか」とまで述べています。

これは彼にとって何とも恥ずべき事態でしたが、それ以上に、誰にでも起こりうることだという私たちへの警鐘でもあります。人生に秘密の扉をこっそり作り、その向こうで主の御名を汚すような行為をするという誘惑に、人は絶えずつきまとわれます。誠実さと正しさを忘れ、キリストの名をはずかしめてしまうリスクは、誰にでもあります。私たちは皆、誘惑に弱いのです。

誘惑に負けないためには、どうすればよいのでしょう。まず、誘惑が常にあることを認識し(Ⅰコリ10:13)、罪の恐ろしい結末を理解しましょう(ヤコ1:13-15)。そして、クリスチャン同士で説明責任を果たしましょう(伝4:9-12)。それに加えて、転ばないように神の助けを祈りましょう(マタ26:41)。なぜなら、神の恵みと力のみが、私たちを転落から守ってくれるからです。また転んだときでも、助け起こしてくださいます。

(Dave Branon)

どんな罪にも入り口がある。その扉を決して開いてはいけない。

聴いて応答する

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書50-52
聖書のみことば 詩篇119:17-24
 
まことに、あなたのさとしは私の喜び、私の相談相手です。―詩篇119:24

自分のことばかり話す人に会ったことがありますか。礼儀で相手のことを訪ねると、その人は自分のことばかり話し、あなたについて尋ねようとはしません。ふたりの会話は、その人のことだけ、あなたの話題は皆無です。

さて、私たちのデボーションはどうでしょう。私たちはまず、神のみことばをいくらか読みますが、祈る段になると、さっさと自分のニーズに焦点を移して、あの問題を解決してください、生活の必要を満たしてください、病気を癒してください、助けてください、と祈ります。しかし、たった今読んだ神のみことばに対する応答はありません。神がたった今、語りかけてくださったことについては、ほとんど無視しているのです。

詩篇119篇の作者の態度は、このようではありません。この人は、「私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください」と、神のみことばを理解できるように助けてくださいと祈りました(18節)。彼にとって、神のみことばがどれほど大切であるかを告白し、「私の喜び」(24節)だと、祈りの中で述べています。

祈りの中でみことばに応答する習慣を身につけましょう。そうすれば、私たちのデボーションの質が大きく変わります。聖書を読むことと祈ることは、聴いて応答するというきちんとしたコミュニケーションであるべきです。

(Dennis Fisher)

神のみことばに耳を傾け、それについて祈ろう。

方向転換

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書43-46
聖書のみことば ガラテヤ1:11-24
 
以前私たちを迫害した者が、そのとき滅ぼそうとした信仰を今は宣べ伝えている―ガラテヤ1:23

ビルは、大学院で神学を学んでいた時の友人です。誰が見ても罪深いライフスタイルから抜け出して、キリストのもとにやって来ました。彼はこんなふうに証しました。「ぼくは、人妻を助手席に乗せて、ブランデーの瓶を片手に車を走らせていました。クリスチャンが歩道で通行人に路傍伝道をしているのを見て、『ば~か!』と叫びました。

満腹になるまで

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書37-39
聖書のみことば ヨハネ6:25-29
 
わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。―ヨハネ6:35

シンガポールに住む友人が、昔ながらの中国式挨拶を教えてくれました。人々は、「お元気ですか」と言うかわりに、「おなかいっぱい召し上がりましたか」と尋ねるといいます。食べ物が十分になくて、次はいつ食べられるのか分からない時代があって、このようになったのでしょう。食べられるときは満腹になるまで食べるというのが、その時代では賢いことだったのでしょう。

喜びながらよく仕えよ

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書33-36
聖書のみことば 詩篇100
 
喜びをもって主に仕えよ。―詩篇100:2

親しい友人が9年前の今日、昼休みにジョギングに出かけて帰らぬ人となりました。当時、「デイリー・ブレッド」の編集長だったカート・デ・ハーンは、その晴れた木曜日に、思いもよらない心臓発作で世を去りました。彼と共に働いていたスタッフの中には、彼の思い出の品を今でもデスクに置いている人がいます。

立入禁止

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書27-29
聖書のみことば ローマ5:1-8
 
神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。―ヨハネ3:16

私が12才の時、父は製紙工場を定年になり、退職記念に木箱に入った聖書をもらいました。私は箱に書かれた「聖」という文字を見て、「立入禁止」と言われたように感じました。それでも私は好奇心を抑えられず、中を覗いてみると、表紙には十字架にかけられたイエスの絵とヨハネの福音書3章16節のみことばがありました。

眠らない神

1年で聖書を!
◆ エレミヤ書24-26
聖書のみことば 詩篇121
 
主はあなたの足をよろけさせず、―詩篇121:3

飛行機を安全に航行させるという点で、最大の難関は着陸です。上空から地面に近づくにつれ、航路は飛行機で込み合ってきます。気象状況も3万フィートの上空に比べてはるかに悪い場合があり、滑走路は他の航空機に占領されて空いていないかもしれません。ですから、すべてのパイロットは詳細を調整する航空管制官に頼って、事故を起こさず着陸しようとします。