神は夜勤をする
◆ 出エジプト記7-8
◆ マタイ15:1-20
この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。―出エジプト記15:2
ジャックとトリーシャは、夜遅く、病院に向かって車を走らせていました。第二子を出産するためです。しかし、予期せぬ事態になりました。分娩が始まったのです。ジャックは119番に電話をかけました。電話に出たのはシェリー・ホワイトでしたが、彼女はすべきことを電話で逐一教え、赤ちゃんが誕生しました。しかし、赤ちゃんは息をしていません。するとシェリーは、ジャックに人工呼吸の仕方を教えました。彼は心を騒がせながらも、6分間人工呼吸を続け、ついに赤ちゃんは産声をあげました。
それは「良い」ですか?
◆ 創世記33-35
◆ マタイ10:1-20
私はあなたの恵みに拠り頼みました。―詩篇13:5
ある状況を指して、それが良いのか悪いのか、本当にわかるでしょうか。例えば、家族旅行に出発しようとした日、車が故障してしまいました。修理工場に持って行くと、整備士が言いました。「出発する前で良かったですよ。出かけていたら、途中で火事になっていたかもしれません。」予定変更は面倒なので、これは「悪い」でしょうか。それとも、神の守りに感謝して「良い」としますか。
契約信仰
◆ 創世記31-32
◆ マタイ9:18-38
神を愛する人々、……のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださる―ローマ8:28
神に仕えている人は、暗黙の内に「契約信仰」に生きていることがあります。つまり、神に時間と労力をささげているので、見返りとして、特別な祝福を得る資格があると思うのです。
ところが、友人のダグラスは違いました。彼の人生は、色々な意味でヨブのようでした。牧会に失敗し、妻をがんで亡くし、飲酒運転の事故の巻き添えになって自分も息子も怪我をしました。しかし、彼は言います。「神と人生をごっちゃにしてはいけない。」
なぜ今、行けないのですか
◆ 創世記27-28
◆ マタイ8:18-34
ダビデは、その生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死んで ―使徒13:36
友人は長年、宣教師としてスリナムで働きました。そして晩年、病気で身体が麻痺しました。「神はなぜ、僕を生きながらえさせるのだろう。主のもとに行きたいのに…」と彼は思いました。
「生きているのが辛い」という状況の人がいたとしたら、なぜ、神はこんな状態をつづけられるのか、と思うかもしれません。イエスが御国に戻っていかれるとき、「主よ。なぜ今はあなたについて行くことができないのですか」(ヨハ13:37)とペテロは尋ねました。ペテロのように、今すぐ御国に入れていただけないのはなぜだろう、と思うかもしれません。