親切な行為
◆ エレミヤ書27-29
◆ テトス3
あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
― ルカ10:33
私たちは愛の少ない者です。なぜでしょう。親切にできない最大の理由のひとつは、相手の値踏みをするからです。私たちには「私の親切を受けるにふさわしい人とは、かれこれしかじかの人」という固定観念があります。イエスに「では、私の隣人とは、だれのことですか」と質問した人がいました(ルカ10:29)。つまり、「私の親切を受けるのにふさわしい人は誰ですか」という質問です。イエスはその答として、たとえ話をなさいました。
言葉を選ぶ
◆ イザヤ書59-61
◆ Ⅱテサロニケ3
私があなたがたのところへ行ったとき、私は、すぐれたことば、すぐれた知恵を用いて、神のあかしを宣べ伝えることはしませんでした。―Ⅰコリント2:1
子どものころ、嬉しがって発音に挑戦していた難しい単語があります。それは「antidisestablishmentarianism」です。何と長ったらしい言葉でしょう。最近、その意味を辞書で調べてみました。それによると「教会を国教会として国が認定する制度を廃止することに反対する論理もしくは政治的信条」とあります。この定義もこの単語と同じぐらいややこしいものです。私も私の友だちも、その意味を知りませんでした。ただ、難しい言葉を使うと、自分が物知りであるかのように人に見せることができたのです。
ため込むか、助けるか
◆ イザヤ書56-58
◆ Ⅱテサロニケ2
飢えた者に心を配り、悩む者の願いを満足させるなら、あなたの光は、やみの中に輝き上り、―イザヤ書58:10
イギリスが第一次世界大戦に参戦した1912年の8月、オズワルド・チェンバーズ牧師は40歳で、妻と1歳の娘がいました。間もなくして、毎日3万人の男たちが新たに軍隊に入隊し、国民は、自家用車や自分の農耕馬を政府に売るように言われました。日刊紙には、戦死者や負傷兵の名前が載り始めました。英国は経済危機に直面していました。