Category  |  救い主なるイエス

不格好な英雄たち

アメリカで英雄とされてきた西部のガンマン、ワイアット・アープとドク・ホリデイは、実は無気力な怠け者だったという本が最近出版されました。著者はインタビューで、実際のアープは「生涯、大したことは何もしなかった」と語りました。彼らは小説や映画で英雄とされてきましたが、歴史の資料を見ていくとそうではなかったのです。

ジェス、パンを焼く

母親が仕事に行く支度を始めたので、4歳の娘ジェスもまた「仕事」に取りかかりました。買ったばかりのコンベヤー式トースターから、食パンがぐるっと回りながらトーストされて出てくる様はジェスをとりこにしました。数分後、テーブルには1斤半分のトーストと、「上手に焼けたでしょう!」と得意げに叫ぶ少女の姿がありました。

好奇心旺盛な女の子が食パンをトーストに変えるのは奇跡ではありませんが、イエスが男の子の5つのパンと2匹の魚を数千人分の食事に変えられたから大変です。丘の中腹にいた群集は、これは奇跡だと騒いでイエスを王にしようとしました(ヨハ6:1-15)。

神の国は当然、この世のものではないので(ヨハ18:36)、イエスはその場を立ち去られました。そして翌日、群集に見つけられると、彼らの不純な動機を指摘して「あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです」と言われました(6:26)。彼らは、王なるイエスが自分たちの腹を満たし、ローマから自由にしてくれると勘違いしていました。一方、イエスは、 「なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい」と助言されました(27節)。

世俗の考えに縛られていると、イエスを自分の目的を果たす手段のひとつにしてしまいます。しかし、実はイエスは、いのちのパンそのものです。

イエスの肖像

ロバート・ヘンクスは、『著名なアメリカ女性の肖像画』の中で、「肖像画は写真でも、鏡に映した姿でもない」と書いています。肖像画は外見を写し取るだけでなく、その人の魂の奥底をあぶり出します。本物の肖像画家は、「その人の本質」をとらえようとします。