羊が水の中を歩む
◆ エレミヤ書32-33
◆ ヘブル1
作家C.S.ルイスは、宗教的な概念はスープのようだと言いました。とろみのついたポタージュもあれば、さらさらしたコンソメスープもあります。聖書の中には、確かに濃厚な概念があります。知的に理解することが難しい、複雑で神秘性と機微に富んだ概念です。例えば、「神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです」(ロマ9:18)というみことばを理解するのは簡単ではありません。しかし、聖書の中には、さらっと分かる考えもあります。「神は愛です」というヨハネの手紙第一4章16節のみことばは、これ以上ないというほど単純明快です。
きよくあり続ける
◆ エレミヤ書24-26
◆ テトス2
フィラデルフィアに出張したとき、毎朝、ブロード通りを市役所に向かって歩き、地下鉄の駅に行きました。途中、何かを待っている人たちの長い行列を見かけました。彼らの年齢、人種、風貌などはさまざまです。毎日の行列を不思議に思っていましたが、3日ぐらいたって、何の行列なのかと通りがかりの男性に尋ねました。すると、この人たちは麻薬所持などの違法行為を犯して保護観察か仮釈放期間中なのだと教えてくれました。彼らは、毎日薬物テストを受けて、薬物を摂取していないこと、つまり「汚れていない」と証明しなくてはいけないのだそうです。
今は必要ない
◆ イザヤ書5-6
◆ エペソ1
作家志望の人にとって、次から次へと作品を送り返されるのは、かなり落ち込む体験です。出版社に原稿を送ると、「寄稿をありがとうございました。しかし現在のところ、この種の原稿は、当社の必要と合致しません」という内容の手紙が送られてきます。多くの場合、「現在のところ」ではなく、「未来永劫に」というのが現実なのです。それで彼らは、次から次へと別の出版社に原稿を送り続けるのです。
私は、この「現在のところ(そして、未来永劫に)…必要と合致しません」という表現は、信仰を育てる上で有益だと気づきました。心を一新して、神のみに焦点を合わせることに役立つのです。それは、こういうことです。
巻物を捜せ!
◆ 詩篇135-136
◆ Ⅰコリント12
ある日曜日、私は教会の子どもたちに言いました。「教会堂に聖書個所を書いた巻物を何本か隠しておいたから、それを捜してごらん。その巻物を見つけて、そこに書かれている聖書のみことばを大きな声で読んだら、先生が賞品をあげるよ。」みなさんにも、あの子どもたちの様子を見て欲しかったです。彼らは会堂中を駆け回り、椅子を動かしたり、植木鉢を持ち上げたり、(許可をもらって)大人のバックの中を捜したりしました。彼らはワイワイ楽しみながら、けれども必死になって捜しました。そして、巻物を見つけ出しました。みことばを見つけて喜ぶ子どもたちや、応援しながら一緒になって喜ぶ大人の様子は、私たちに神のみことばを求めることの大切さを再認識させてくれました。