武具を着ける
◆ ヨシュア記1-3
◆ マルコ16
邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。―エペソ6:13
私は、子どもの頃にアメリカン・フットボールを始めました。まず慣れなければならなかったのは防具です。ヘルメットや肩パッド、その他の防具を着けて走ろうとすると、最初はかさばってぎこちなく、うまく走れませんでした。けれども、しばらくすると慣れてきて、けがから守ってくれる友だちのように感じ始めました。アメフト選手が防具をつけるのは、戦いに出かけるときです。危険な敵に立ち向かうとき、それが自分を守ってくれると知っています。
答えを忘れてしまった夢
◆ 申命記23-25
◆ マルコ14:1-26
私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。―ヨブ記42:5
友人は、成人した息子が自動車事故で重傷を負った時、ふたつの仕事を辞めて介護に専念することにしました。その年、30年以上連れ添った妻が、不治の病に冒されて亡くなりました。
完全な平和と休息
◆ 民数記12-14
◆ マルコ5:21-43
あなたは私を多くの苦しみと悩みとに、会わせなさいましたが、私を再び生き返らせ、―詩篇71:20
今日の聖書のみことば、詩篇71篇の作者は、多くの苦しみと悩みに遭いましたが、神は自分を再び生き返らせてくださると心の奥底で信じていました(詩71:20)。「再び生き返らせる」の文字通りの意味は、「再度、命のある状態にする」です。詩篇の作者は「(あなたは)私を再び生き返らせ、地の深みから、再び私を引き上げてくださいます。あなたが私の偉大さを増し、ふり向いて私を慰めてくださいますように」(20-21節)と述べています。苦難の人生がずっと続いていたとしても、天国に着いたときにはもう終わっています。
より深い思いやり
◆ 民数記4-6
◆ マルコ4:1-20
女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。
―イザヤ書49:15
妻と初めて出会ったのは、大学生のときでした。当時、私は牧師になるための勉強をしていて、彼女は小学校の教師になる勉強をしていました。子どもたちと一緒にいる彼女を最初に見たとき、その光景がすごく似合っていると思いました。彼女は子どもが大好きでした。彼女の子ども好きは、結婚して自分たちに子どもができたとき、もっとはっきりしました。我が子に接する妻の様子を見ていると、無条件に愛することや無条件に受け入れることを教えられます。母親の赤ん坊に対する情愛と比べられるものは、この世にはひとつもないと思わされました。
スタンディングオベーション
◆ レビ記8-10
◆ マタイ25:31-46
見なさい。……人の子が神の右に立っておられるのが見えます。
―使徒7:56
スーザン・ボイルは成人した後の人生の大半を、年老いていく母親の世話をしながら愛猫ぺブルズと暮らし、教会で歌っていました。どう見てもミュージカルのスーパースターにはほど遠い、地味な感じの人でした。タレント・ショーに出演したとき、聴衆がせせら笑いを浮かべたのは、そのせいでしょう。けれども彼女は、冷たい人たちにひるむことなく見事に歌いました。ついに聴衆は、総立ちで拍手喝采を送りました。
地震の町
◆ 出エジプト記19-20
◆ マタイ18:21-35
突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、―使徒16:26
サイモン・ウィンチェスターは著書「世界の果てが砕け散る」の中で、地震が頻発するカリフォルニア州パークフィールドの小さな町のことを書いています。観光客に向けたホテルの広告は「揺れるときはここで寝よう」です。レストランのメニューは、ステーキを「大地震」、デザートは「余震」と呼んでいます。こんな冗談はともかく、実際の地震は恐ろしいものです。私はカリフォルニアで暮らして何度も大地震を体験していますから、その恐ろしさは身にしみています。