1年で聖書を!
◆ 民数記4-6
◆ マルコ4:1-20
聖書のみことば イザヤ書49:13-18

 
女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたしはあなたを忘れない。
―イザヤ書49:15


妻と初めて出会ったのは、大学生のときでした。当時、私は牧師になるための勉強をしていて、彼女は小学校の教師になる勉強をしていました。子どもたちと一緒にいる彼女を最初に見たとき、その光景がすごく似合っていると思いました。彼女は子どもが大好きでした。彼女の子ども好きは、結婚して自分たちに子どもができたとき、もっとはっきりしました。我が子に接する妻の様子を見ていると、無条件に愛することや無条件に受け入れることを教えられます。母親の赤ん坊に対する情愛と比べられるものは、この世にはひとつもないと思わされました。

そういうことなので、イザヤ書49章15節は素晴らしいのです。神は民に語られました。彼らは神に見捨てられ、忘れられたと感じていました(14節)。神は彼らに向かって、「母親は、自分の育てている子どもを忘れることができるだろうか。たとえ、もし母親が忘れることがあっても、わたしはあなたがたを忘れない」と言われました。ご自分の温情は、母親の情愛よりもさらに深いと言われました。
 

私たちは時に人生の荒波にさらされて、神は私のことなど忘れてしまわれた、とあきらめる誘惑にかられます。神はもう、私を愛しておられない、とさえ思ってしまいます。けれども神の愛は、十字架で広げられたキリストの両腕の幅ほどに広いのです。また、天の御父の愛にあふれた温情は、我が子に対する母の愛以上に確かで永続するものです。安心してください。神の愛が無くなることはありません。

(Bill Crowder)

神の愛は十字架で広げられたキリストの両腕の幅ほどに広い。