1年で聖書を!
◆ イザヤ書14-16
◆ エペソ5:1-16
聖書のみことば マルコ1:35-45
 
まことに私は、自分のたましいを和らげ、静めました。―詩篇131:2

歌手のメグ・ハッチンソンは、「次のアルバムは45分間の静寂であるべきです。なぜなら、それが社会に一番欠けているものですから」と語りました。

静寂を見つけることは実際、非常に困難です。都市部は、人や車で溢れ返り、その騒がしさは誰もが知るところです。まったく、騒々しい音楽やうるさい機械音、または大声で叫ぶ人の声から逃れる道はないように思われます。けれども、私たちのたましいの健康を脅かすのは、逃れがたい都会の喧騒ではありません。むしろ、私たち自身が自分の生活に取り込んでいる音です。例えば、ある人は、孤独を紛らわすためにテレビやラジオをつけます。誰かがいてくれるように錯覚するからです。また、ある人は、自分で考えなくても良いように、次々に他人の意見を聞こうとします。こういう人は、自分の頭できちんと考えることを拒絶しています。また、別の人は、神の御声を締め出す手段として音を用います。止めどないおしゃべり(たとえ、神について話していたとしても)は、神が語られていることを私たちの耳に入れないようにしています。
 

一方イエスは、多忙を極められたときでも、ひとりになれる場所を必ず見つけられました。神との会話を続けるためです(マコ1:35)。私たちは、完全に音のない場所を見つけることはできないかもしれません。しかし、自分のたましいを静める場所(詩131:2)、神に集中できる場所を見つけなければなりません。

(Julie Ackerman Link)

この世の騒音によって神の声が聞こえない、ということがないようにしよう。