1年で聖書を!
◆ ヨシュア記1-3
聖書のみことば ガラテヤ3:19-29
 
ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。―ガラテヤ3:28

映画「スターウォーズ」三部作の中で、教会の人間関係が思い出される場面があります。銀河系の遥か彼方のある場所で、見るも奇怪な姿の生き物が、音楽を聴きながら食事を共にして交わっていました。ルーク・スカイウォ―カーは、そこにC3PO(シースリーピオ)とR2D2(アールツーディーツー)という(比較的「普通」な姿をした)ロボットと一緒に入っていったのですが、予想に反して無愛想に拒絶されてしまいます。「ドロイド(ロボット)は入店禁止だ!」というわけです。

この奇妙な一場面は、地球上の人間が抱えている、人間関係の弊害を捉えています。私たちは常に、自分にしっくり来る人たちと一緒にいることを望みます。けれども、もしイエスがそのように考えておられたら、私たちは今頃、どうなっていたでしょう。イエスは神でした。私たちとは似ても似つかず、すべての点において完璧でした。それにもかかわらず、イエスは私たちの間に住まわれ、私たちのために死んでくださいました。

クリスチャンは、「あの人たちとは合わない」という言葉を使うべきではありません。使徒パウロは「ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです」と語っています(ガラ3:28)。ですから、物の見方、政治的立場、人種、社会的地位、経済力、または雰囲気やタイプが自分とは違っていたとしても、自分のことをキリスト者と呼ぶ人であるならば、そんなことは大したことではないはずです。さあ、今日、自分とは合わないクリスチャンを見つけて、イエスの愛を示しましょう。

(Joe Stowell)

あなたの隣人を愛しなさい…たとえ自分に合わない人であっても。