1年で聖書を!
◆ Ⅰ列王記14-16
聖書のみことば マタイ1:18-25
 
その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。―マタイ1:21

名前の何が、それを特別なものにするのでしょう。これについて考え出したきっかけは、ジャマイカでの体験です。ある日曜の朝、ジャマイカのブラック・リバーにある教会で礼拝をささげ、外で10代の女の子と立ち話をしました。「私の名前を『デイリーブレッド』に出してもらえませんか?」というので、「何か載せてほしい話があるの?」と尋ねると、「いいえ、ただ私の名前を書いてほしいの」と答えました。

私は、彼女のリクエストや彼女の「ジョイエス」という名前について思いを巡らしました。彼女は明るい性格だったので、もし「ジョイ」(喜び)に満ちた人生を送るように願ってそう名づけられたのなら、彼女の両親のもくろみは成功したといえるでしょう。

新しく生まれてくる子の親は、その子の名前を選びます。けれども、全く違う方法で命名された赤ちゃんがいました。その名は両親が選んだのでもなく、特定の性格になることを願ってつけられたのでもありません。その赤ちゃんとは救い主イエスです。天使が両親に「その名をイエスとつけなさい」と告げました(マタ1:21)。それは、その赤子が「ご自分の民をその罪から救ってくださる方」だったからです。

ですから当然、この名は「すべての名にまさる名」です(ピリ2:9)。この名前は、神の目的を啓示します。私たちは自ら犯した罪のために罰せられるべきでした。しかし、その罰から私たちを救うことが、神の目的でした。イエスはそのために来られました。この名こそ、呼びがいのある名前です。

(Dave Branon)

イエスという御名とその使命は、ひとつであり同じものだ。