1年で聖書を!
◆ 詩篇120-123
聖書のみことば ガラテヤ5:1-14
 
兄弟たち。あなたがたは、自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい。―ガラテヤ5:13

中国の創意あふれる人たちが花火を発明してくれたおかげで、私たちアメリカ人は今月、独立記念日を色とりどりの花火で盛大に祝うことができました。

毎年、国歌を斉唱しながら大音響とともに空中に描かれる美しい模様を楽しみながら、花火のような美しい「爆発物」は他にないと考えています。ほとんどの爆発物は人を殺すものだからです。戦場で使われる爆弾も独立記念日の花火も、その材料はよく似ていますが、ひとつは人を殺し、もうひとつは人を楽しませます。このことからも、ひとつのものが善にも悪にも利用されるのだということが分かります。有能で注意深く、思いやりある人の手にかかれば、危険なものが素晴らしいものに変身することがありますが、その逆もまた真です。

私たちが花火で祝っている自由自体も、善にも悪にも利用できます。キリストを信じるクリスチャンは、厳しいモーセの律法から解放されて自由です。しかし聖書は、「自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕えなさい」(ガラ5:13)と語り、この霊的な自由を自分本位な目的で用いないようにと警告しています。すべてのクリスチャンが政治的、または宗教的な自由を享受してはいませんが、すべてのクリスチャンは霊的に自由です。私たちは自分の我を他人に押しつける武器として、その自由を使ってはいけません。むしろ、神のご意思の栄光を表すために使うべきです。

(Julie Ackerman Link)

自由は、神を喜ばせることをする権利を与えるのであって、己を喜ばす権利を与えるわけではない。