1年で聖書を!
◆ 詩篇124-128
◆ 詩篇124-128
聖書のみことば Ⅰコリント12:18-27
各部分が互いにいたわり合うためです。―Ⅰコリント12:25
ジャマイカのコプシにある心身障害者施設を、中高生と引率の大人たちで訪問しました。みんなはバスから降りると、子どもたちを抱きしめたり、一緒に遊んだりしました。私はウィリアムという名の青年に出会いました。まさか彼とキャッチボールができるとは、思ってもみませんでした。
ウィリアムがどんな病気を患ったのかは分かりませんが、見たところ小児麻痺のようでした。私はバスを降りるときにボールを手にしていましたが、彼に向かってそっと投げてみました。しかし、彼はキャッチできません。
けれど、拾ったボールを彼の手にのせてみると、彼はそれをゆっくりと動かして、自分の手にフィットするようにつかみました。そして手すりで背中を支え、バランスを取りながら投げると、ボールはきれいな弧を描いて飛んでいきました。それから45分間、私たちはキャッチボールをしました。彼が投げ、私が受け止めたのです。ウィリアムはよく笑う青年で私の心をとりこにしました。彼のことは忘れられません。私も、彼にとって、忘れがたい人になったでしょう。キリストのからだである教会の一部として、私たちはお互いが必要だということを、ウィリアムは教えてくれました(Ⅰコリ12:20-25)。
人はよく、自分と違うものを排除しがちです。しかし、ウイリアムのような人が教えてくれるのは、思いやりをもって他者を受け入れるなら、喜びが訪れるということです。あなたの周りに、いろんな意味で自分とはまったく違う人はいませんか。その人と友だちになりましょう。
神の期待に応える人になるために、クリスチャンはお互いが必要だ。
トピック:
愛