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見送る愛

子供の頃、母は私に言いました。「見えなくなるまで手を振って見送るのは、その人を愛しているしるしよ」。確かに、両親は、訪ねてきた親族を見送る時は、外に出て、その人が見えなくなるまで手を振っていました。時には長々と外に立っていましたが、気にしていないようでした。実家を離れた後、私はその言葉の意味を実感しました。

細部におられる神

私の姪は大学1年生で新生活に慣れようと忙しくしていました。それで、大学内の車両通行許可証の申請を、私がしてあげると言いました。申請が終わって、申請窓口にいたのは数分だけだったと伝えると、姪は驚きながら、軽く「ありがと!」と言いました。

イエスにあって一つ

スポーツを観戦し、選手を取材するという夢は、夏季と冬季のオリンピックのレポーターになって実現しました。若かった私は、世界中から集まった人たちが、さまざまな言語で会話し、各々の国を誇る様子に魅了されました。

苦しむ人と共にいる

娘が最近、体調を崩しました。「パパ、頭が痛い」「寒気がする」「足をさすって」。娘は、症状を軽くしてほしいのですが、それ以上に、私がそばにいることを求めていました。結局、私は娘を救急外来に連れて行きました。「ウイルスです」と言われました。闘うほかありません。

愛についての問題

思考と感情が喧嘩するときは、しばしば心の判断が通ると「愛の一般論」という本に書かれています。以前は一般的に、人は頭(知性)で心(感情)をコントロールしていると言われていましたが、実はその反対であることが、最近の科学の発達によって分かってきました。要するに、「私たちが何者なのか、また、何者になっていくかは、私たちが何を愛するかにかかっている」というのです。

素晴らしい爆発

ケイティ・デイヴィスは著書「ケイトからキス」の中で、ウガンダに移り住んで、現地の少女たちを我が子として育てている喜びを述べています。ある日、娘のひとりが尋ねました。「ママ、もしイエスさまを心に迎えたら、私は爆発しちゃうの?」ケイティははじめは、そんなことはないから大丈夫と答えました。イエスを心に迎えるというのは霊性の問題だからです。

美しい花嫁

数々の結婚式の司式をしてきましたが、その多くは花嫁の希望にそったものでした。カップルの個性が反映されてはいましたが、やはり、ひとつの共通点があります。つまり、美しいウェディングドレスに幸せそうな笑顔…主役は花嫁です。

ぬくぬくと 安心

子どもの頃、私はテキサス州ダンカンヴィルの西に、家族といっしょに住んでいました。私たちの家は父が自ら建てた家で、小さなダイニングキッチンと、寝室が2部屋、そして広い居間がありました。居間には長さが60センチもの薪をくべられる石造りの暖炉があって、その暖炉は我が家を暖めてくれました。

人間チェス

チェスは昔からある戦略を競うゲームです。それぞれのプレーヤーは、チェスボードに16の駒を置いて始め、相手のキングを追いつめます。長い年月にわたって、様々な形で行われてきましたが、そのひとつは「人間チェス」です。これは735年頃、アウストラシアの公爵であるチャールズ・マーテルによって始められました。本物の人間をチェスの駒に見立て、大きなチェスボードを使います。人間の駒は、その役割に応じた衣装を身にまとい、プレーヤーの言いなりになって動きます。チェスのプレーヤーは、駒の人間を自由に操るのです。