私の趣味はバードウォッチングです。様々な鳥が生息するガーナの森で育ったので、そこで覚えました。さて、今住んでいる町にはカラスがいるのですが、最近、ある行動に気づきました。カラスは落葉した枝に降りて休んでいましたが、頑丈な枝ではなく、乾いてもろい、すぐに折れてしまう枝ばかりに止まります。枝が折れる度に羽ばたいて移動しますが、また同じような枝に止まり、いらぬ労力を費やします。どうやらこの鳥には、頑丈な枝が安全な場所だ、という感覚は無いようです。

ところで、私たちはどうでしょう。何を信頼しているでしょう。詩篇の作者は、「ある者はいくさ車を誇り、ある者は馬を誇る。しかし、私たちは私たちの神、主の御名を誇ろう」と語ります(詩20:7)。いくさ車と馬は、資産や人材を指します。これは日常生活には役立ちますが、苦難の時に安全を保証してくれるとは限りません。もし、私たちが自分の持ち物や金品に頼るなら、木の枝がカラスの足下で折れたように、その安全はいずれ、私たちの足の下で、がらがらと音を立てて崩れてしまうでしょう。

いくさ車や馬を誇る人は、「ひざをつき、そして倒れた」と聖書は警告します。一方、神を誇る人、すなわち、神を頼る人は、「立ち上がり、まっすぐに立つ」ことができると約束されています(20:8)。