緊急手術をして病気が治ったと思ったら、次々と請求書が届きました。執刀医、麻酔医、臨床検査、入院施設費…。「保険が下りても数十万円の借金です。これを払い終わるまでは安心して人生を楽しめません。ゲームセンターのモグラ叩きみたい。次から次へと出てくるのですから」と、米国在住のジェイソンは不平を言いました。
人生は時にこんな感じだと思いませんか。それは、使徒パウロにとっても同じでした。彼は、貧しさの中にいる道を知っていると言いました。一方、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得たとも語ります(ピリ4:12)。その秘訣とは何でしょう。「私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできる」(13節)という宣言です。私が現状に不満を抱いていた時、「ここでないなら、どこなのか」と書かれたカードをもらいました。強烈なメッセージです。今ここで満足できなければ、別の状況ならば満足するとどうして言えるでしょう。
イエスのうちに憩うことを、どうやって学びますか。たぶん、どこに目を留めるかという問題でしょう。良いものを感謝して楽しむ、変わらない真実の御父をもっと深く知る、信頼を深め忍耐を養う、人生の何たるやは、神によるのであり、自分によるのでは無いと認める、主にあって満足することを教えてくださいと祈る。そういうことではないでしょうか。
人生のどの分野で満足感を育てる必要がありますか。目を留めるところをどのように変えますか。
神よ。あなたは良いお方で、なさることも良いことばかり。あなたのうちに満足することを、私に学ばせてください。