リサイクルショップで感じの良いランプを見つけて買いましたが、コンセントにつないでもつきません。夫が分解してみると配線がありません。電源につながる線が無いのですから、役立つわけがありません。
私たちも同じです。イエスは「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます」と言われました。そして「わたしを離れては、あなたがたは何もすることができない」(ヨハ15:5)と念を押されました。
ぶどうの産地で語られたので、弟子たちは理解できたはずです。ぶどうの木は丈夫で、枝は激しい刈り込みに耐えます。しかし、命の源から切り離されれば、役立たずの枯れ枝です。
イエスのうちにとどまり、みことばを心に宿らせるなら、私たちはいのちの源であるキリストにつながっています。主は「あなたがたが多くの実を結び、わたしの弟子となることによって、わたしの父は栄光をお受けになる」と言われました(8節)。豊かに実を結ぶためには日々の栄養が不可欠です。神は、みことばと愛を通して惜しみなく与えてくださいます。さあ、主につながり、活力をみなぎらせましょう。
キリストにとどまるとは、どういうことですか。主のための実を結ぶようにと、神はどんな備えをしてくださいましたか。
神よ、あなたのうちにとどまれるように、神の尊いみことばが、私のうちに良い実を結ぶように、どうか力を与えてください。