先祖伝来の農地を銀行に取られた数年後、デビッドは、その土地が競売にかけられると聞きつけ、大変な苦労をしてお金を工面すると、200人の村人が集う会場に駆けつけました。彼が最初の指値を入れましたが、それは高くありません。大丈夫でしょうか。デビッドはかたずをのんで、せり上げを促す声を聞いていましたが、誰一人、最後まで声を上げませんでした。村人は皆、己の事業の拡大ではなく、デビッドの事情を優先させたのです。

犠牲を払ってでも人の必要を優先させる生き方は、使徒パウロがクリスチャンに求めたことです。パウロは、自分本位や保身に腐心する有様を、この世と調子を合わせるなと警告しました(ロマ12:2)。私たちは、自分の必要は神が満たしてくださると信じて、人のために尽力すべきです。聖霊が心を新たにしてくださるにつれ、私たちは、神がたたえられるような愛と動機によって、様々な状況に対応できるようになります。人を優先させるなら自意識過剰にならず、自分は「一つのからだ」の一部だという神の教えから逸脱しません(3-4節)。

聖霊は、聖書を理解し従えるように、また、私心なく与え、惜しみなく愛せるように助けてくださいます。それなので、私たちは一丸となって前進できるのです。