旅行に出かけたのに最初の数日間は持病の痛みのために部屋にいました。気分は冬空のようにどんよりしています。近くの灯台を見物しようと夫婦でやっと外出できたときも、目に映ったのは灰色の景色でした。それでも私は、曇り空と影のある山々の写真を何枚か撮りました。その夜、土砂降りでどこにも行けないことに落胆しながら、撮った写真に目を通していると、何と「虹」が写っています。私は己の憂鬱(うつ)さばかりに気を取られ、疲れた心を癒やそうとされる神の希望の御業を見逃していたのです(創9:13-16)。

肉体や精神に痛みがあると、私たちは絶望へと引きずり込まれそうになります。しかし、何とか切り替えたいと願って、神の絶え間ない臨在や無限の力を実感できるものを慕い求めます(詩42:1-3)。そして、自分や他の人たちに対する数限りない神の助けに思い巡らすなら、どんなに落ち込み、うなだれていても、希望は必ず神にあると信頼できます(4-6節)。

否定的な態度や辛い状況が見る目を曇らせるとき、神は、わたしに頼りなさい、と呼びかけてくださいます。聖書を読み、神を待ち望むように促してくださいます(7-11節)。私たちが神を求めるなら、どんなに暗い日々を送っていても、希望の虹を見つけられるように助けてくださいます。