米国で2002年に始まった「アメリカン・アイドル」というテレビ番組は、素人が人気曲を歌って優劣を競います。有名な歌を完璧に歌いこなした上に個性が光っていると、審査員のランディ・ジャクソンは、「この歌を自分のものにしたね」と称賛を送ります。「自分のものにする」とは、完全な習得と創造性の双方が備わっていることで、歌い手はそれを舞台の上で証明したのです。

使徒パウロが、私たちの信仰と、その信仰を表す上で求めていることは、これに似ています。彼は、神に義とされるのは、血筋や教育、立場や善行等によるのではなく(ピリ3:7-8)、「キリストを信じることによる」(9節)と教えました。神の赦しとキリストの贖いの恵みは、私たちの言動の動機と目標を変えます。パウロは「ただ捕らえようとして追及しているのです。そして、それを得るようにと、キリスト・イエスが私を捕らえてくださったのです」(12節)と語ります。

イエスは私たちの勝利を確定しました。その私たちの役目は、この真実に根差し、内面的にも行動においても、福音を自分のものにして、問題だらけの世の中を生き抜くことです。キリスト者という「到達したところを基準にして進むべき」(16節)だとパウロは教えています。