人生の大半が異教徒だったにもかかわらず、ローマ皇帝コンスタンティヌスは、キリスト者の組織的迫害を止める改革を断行しました。また、キリストの誕生を境に歴史を分ける西暦を制定し、前をBC(キリストの前)、後をAD(主の年)と呼びました。

近年、欧米では非キリスト教に配慮して、紀元後をCE(共通紀元)、紀元前をBCE(共通紀元前)と表記することが増えました。神を締め出している一例と指摘する人もいますが、神が消えたわけではありません。表記がどうであれ、西暦は、イエスが実際に存在しておられた、という史実を中心に成り立っています。

エステル記は聖書の1巻ですが、「神」という直接の言及がありません。しかし、物語は神の救出劇です。当時のユダヤ人は、故国を追われて異教の国に住んでいました。その国の権力者だった役人が「民族浄化」を企みました(エス3:8-9、12-14)。しかし神は、王妃エステルと彼女の従兄弟モルデカイを用いてご自分の民を救われ、ユダヤ人は今でも、この日を「プリム祭」として祝います(エス9:20-32)。

世界が神に従うか否かに関わらず、イエスは全てを変えられました。自分の周りを見てください。このお方が見えるでしょう。イエスは、私たちを純粋な希望と約束に満たされた、主の年、主の時代に導いてくださいました。