軽トラックが割り込んできて、思わず「あーっ」と叫びました。その時、運転マナー通報ダイヤルの番号が目に飛び込んできました。私はすぐに電話をかけ、要件を聞かれると、不満をぶつけました。電話口の女性は軽トラックのナンバーを尋ねた後、疲れた声で言いました。「マナーの良いドライバーに関する通報もお待ちしております」

私は瞬時に、自分の独善に気付いて恥じ入りました。「正義」に燃えていたせいで、彼女を思いやっていませんでした。怒られてばかりいる理不尽な仕事なのに。私の信仰の実はどこに行ったのでしょう。最悪の気分でした。

ヤコブの手紙は、信仰と行動の一貫性に焦点を当てています。ヤコブは「私の愛する兄弟たち、このことをわきまえていなさい。人はだれでも、聞くのに早く、語るのに遅く、怒るのに遅くありなさい。人の怒りは神の義を実現しないのです」(ヤコ1:19-20)また、「みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけません」(22節)と教えます。

私たちは皆、完璧ではなく、軌道修正の助けが必要なときがあります。つまり、悔い改めたいと告白して神の助けを求めなくてはなりません。そして、神が私たちのとげとげしい部分をそぎ落とし続けてくださることを信じなくてはなりません。