大学2年の時、学友が急死しました。私たちは皆、大学の友愛会に入って絆を結び、人生最良の青春の日々を謳歌(おうか)していたはずでした。彼は数日前まで元気だったのです。悲しい出来事でしたが、その時の最も大切な思い出は、友愛会の男子たちが使徒ヤコブの言う「きよく汚れのない宗教」(ヤコ1:27)を実践したことです。彼らは亡くなった友人の妹に対して、兄のように行動しました。全員、彼女の結婚式に出席し、彼の死から何年も経っていたのに、出産祝いのパーティーに駆け付けました。困ったらいつでも連絡してくれと、携帯電話をプレゼントした人もいました。

使徒ヤコブによれば、本物の宗教とは「孤児ややもめたちが困っているときに世話を」することです(27節)。友人の妹は孤児ではありませんが、兄を亡くし、彼女の新しい「兄たち」は、その空白を埋めようとしたのです。

イエスのように真実に純粋に生きることは、そう願う人ならば誰にでもできることです。「みことばを行う人になりなさい」(22節)という聖書の教えは、困っている人を助けることも含まれます(2:14-17)。キリストを信じるなら、社会的弱者のケアに動くように促されるはずです。実際、これが神の御前の本物の宗教です。